IGDA日本アカデミック・ブログ - 記事一覧
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2024-3-26 8:08 |
ゲームデベロッパーが地球温暖化に取り組む理由: 2022-2024
主筆の山根です.私事ですが,この4年間はゲーム開発者の専門職大学の立ち上げに参画しました.そのためこの4年間は学術論文よりも,翻訳・対談・一般書を主にやってきましたが,最初の卒業生を送り出したことで,2024年度からはゲームの高度専門家人材育成を大学から日本全国へと広げていきたいと考えています.今回はその次世代ゲーム開発者を待っている問題の一つとして,2022年から起こっているゲームデベロッパーの環境問題への取り組みを,GDCなどの国際動向を中心に紹介します. GDC(Game Developers Conference)は世界最大のゲーム開発者のカンファレンスで,その動向は国内各社が注目しており,開催後の情報交換も盛んに行われている.たとえば本ブログの本家である「NPO法人IGDA日本」でも,日本からの参加者による帰国報告会を開催してきた(昨年の様子),また過去には開発者向けだけでなく,学生向け報告会やSIG-Audio(2012から 2023まで継続中)など専門部会ごとの報告会も開催してきた.世界中のゲーム開発者が注目するイベントだといえる. さて,そのGDC主催者が近年力を入れているのがゲーム産業のサステナビリティへの取り組みに関するセッションだ.昨年のGDC23でも,環境問題セッションが連日開催され,GDC主催者からの公式ニュースでも報じられた.以下に関連する公式英語ニュースを並べてみる.
こうしてGDC23では,気候変動ゲームや温室効果ガス排出量を減らすゲーム開発について連日セッションがあり,しかも教育サミット,ワークショップ,デザイントラック,ラウンドテーブルと異なるアプローチが続いた.講演者の顔ぶれも,大手スタジオUbisoftからインディーゲームスタジオまで幅広い立場での参加が報告されている.そうした講演がネットで無料公開されたのだからインパクトは大きい.しかし,ここまで立て続けに配信されると「うまくいきすぎる」「これは本当に各社独自の取り組みなのか?もしかして誰か(たとえば石油業界に敵対する勢力)が後ろから手をまわして仕組まれた運動なのではないか?」という陰謀論めいた疑念も湧いても不思議ではない.だがこの運動の背景やキーパーソンはGDC23終了後の海外ゲームメディアの報道によって明らかになっている.この記事にもとづいて背景を紹介したい. この解説記事は日本語訳もされており,David Lumb「ゲーム業界の目覚め: ゲームが気候変動のためにできること」(CNET News, 2023年05月30日訳)として読むことができる.GDC23での同時多発発表を担った,ゲーム業界と国連機関とが連携した「Playing for the Planet Alliance」,IGDAに新しくできた気候変動SIG(専門部会)のキーパーソンに出てきて参考になった.なお本アカデミック・ブログの観点から興味深かったのは,記事の中でアカデミックなゲーム研究者が発言しているところだ.このままでは温室効果ガス削減の「目標は達成できない」,と指摘するスウェーデンのウプサラ大学のPatrick Prax准教授が登場するが,筆者は以前から彼の名前は知っていた.ICD-11にgaming disorderの項目が立てられることになったときの公開論争で共同声明に加わった一人だ.彼はゲーミング障害と地球温暖化という異なる問題で積極的に発言しているが,それができるのは,彼が日常的に心理学や自然科学の専門家と交流しつつゲームを研究していることを意味している.これは専門職大学や単科大学ではなく,総合大学で学際研究をやっているゲームデザイン研究者の強みだろう(個人ベースでやっている日本の研究の弱いところでもある). GDC23から見える日本の上場企業の課題こうしたキーパーソンの活躍によりGDC23では気候変動についての講演やワークショップが連日開かれたが,開催当時は筆者も自分のこととは考えられず,他人事としてしかとらえられなかった.2023年時点では恥ずかしながら「世界的なゲーム企業に勤めながらグローバル問題を講演するのはすごいなあ」「カリフォルニアは山火事が続いているから旬の話題ではやっているのだろうなあ」「北欧はエコロジー意識高いなあ」といった漠然とした印象しか持っていなかった.気候変動が日本の産業にとっても重要な問題だと実感したのは2024年になってから,日本の上場企業の取り組みを知ってからのことだ. 2024年,金融庁は東京証券取引所プライム上場企業を対象に温暖化ガス排出量の開示の義務づけを目指している .このニュースで,ようやくGDC23で大手スタジオの現場トップが排出ガス削減に貢献しようとゲーム産業に呼びかける講演をしていたのか理解できた.日本のゲーム産業も大手企業は東証プライムに上場しており(gamebiz記事参照),国際的な投資家の評価基準を受けいれるためにも地球温暖化対策への貢献を計量的に示す義務を避けて通ることはできないだろう.東証プライム上場をとりやめるという選択肢もあるが,ゲーム業界ではそれはないだろう.かつてビデオゲーム産業の歴史が浅く社会的な評価が高くなかった時代,東証1部に上場することがゲーム会社にとって社会的信用のステータスだった時期がある.個人的には東証プライム上場もこの再現になり,ゲーム会社は積極的に温暖化ガス排出量規制に率先して取り組んで社会的信用を高めようとするるだろうと予想している.ゲーム業界団体の変化ここまではUbisoftやIGDA気候変動SIGの個別事例を見てきたが,ゲーム産業を代表する業界団体の取り組みはどうだろうか.これまで「ゲームは脳に悪い」と決めつけられてきた歴史を持つビデオゲーム業界は,今後「ゲームは環境に悪い」と叩かれるのは容易に予想できるので,ゲーム業界として具体的な代表例を示す取り組みが重要になる.この点でもっともデータを活用した情報発信を行っているのは,ヨーロッパ各国のゲーム産業団体があつまったVideo Games Europeだ.GDC23でも登壇した国連プロジェクトPlaying for the Planetとも協力し,年次報告書では任天堂やUbisoftやXboxの地球温暖化ガス排出量からゲームを使って世界をよりよくする試みまで,実例がわかりやすく報告されている.こうした日本企業の海外法人の取り組みを日本国内でも展開することはゲーム産業の社会的信用を担う上で今後の課題になるだろう. こうした企業団体が参加することで,国連プロジェクトPlaying for the Planetは,プロのゲーム開発者やIGDA気候変動SIGによるゲームデザインといったGDCで発表された取り組みだけでなく,多くのゲーム活用の手引きの集積地になっている.これはゲーム業界の協力者が結集しないとできない仕事だ. シリアスゲーム参入の変化ここまで見たように,上場企業の評価に温暖化ガス排出量が使われることで,ゲーム開発とサステナビリティの関係も大きく変化しはじめている.私自身も,GDC23では「Ubisoftの現場リーダーが気候変動ゲームのデザインを講演している,意識高いなあ」と思うだけだったが,いまでは「Ubisoftは開発者が社会に向けてサステナビリティに取り組むのを企業として後押ししているのだなあ」という違った見方をするようになった.つまり,これまでは「大企業は手を出さない」と思われていた領域に大企業が取り組むことを理解できるようになった.この変化は,いちはやく環境問題に取り組んできたインディーゲームやシリアスゲームのシーンにも変化をもたらすかもしれない. これまでシリアスゲームは「大企業がやらない分野」だからこそ,スモールビジネスや大学が大企業を出し抜ける分野だと言われてきた.たとえば十数年前の計算機学会ACMの会報特集序文 「ゲーム学の創造」(CACM日本語版 Vol.7, No.2, 2007)では,ゲーム企業の経営者や株主代表者は,娯楽以外の儲からないゲームをつくることに反対していると指摘している.だからこそ,コンピュータ分野の学者は社会のためのゲームをつくるという社会的な責任を担っているのだと主張している.この主張はのちに「インディーゲームは,大企業がやらないテーマを追求できる」という形で,インディーゲームシーンともつながっていく.(そうしたゲーム開発者間の自己主張が一般にも知られるようになったのがテレビドラマ『アトムの童 』におけるシリアスゲーム回だろう.)だが,ここまで見てきたように,シリアスゲームの中でも地球環境問題については,もはや「大企業や株主代表は社会問題解決に取り組むインセンティブがない」とは言えなくなっている.そしてプロのゲーム開発者による気候変動ゲームを開発する手引きやワークショップも継続して開かれるようになり,大企業,大学,シリアスゲーム,インディーゲームのシーンが重なる領域が生まれている. そしてGDC24以後の世界へここまで,トップ企業のゲーム開発者が地球温暖化対策に取り組みはじめた背景を紹介した.これはGDCや有志によるIGDA気候変動SIGを舞台にして発展してきたために日本語での紹介記事は限られていたが,産学民のゲーム開発者コミュニティを横断するグローバルな運動になっている.IGDA日本でもこの取り組みに貢献したいと考えているので,日本国内で情報共有を希望する方はぜひコンタクトしたりコミュニティづくりに参加してほしい. 今月3月に開催されたGDC2024での環境問題セッションは以下のとおり.GDC23では,冒頭でも触れたように開催後1ヶ月程度で講演動画がYouTube公開されたが,GDC24でも同様に4月に講演が公開されることを期待している.
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2024-2-17 15:22 |
ゲームデザイン大学教科書の到来 (付録: 『ゲームデザインバイブル』正誤表案)
アカデミック・ブログ主筆の山根です.
ジェシー・シェルによるThe Art of Game Designが今年の夏に『ゲームデザインバイブル 第2版』として、オライリージャパンから翻訳出版された.これはゲームデザインを学ぶ大学生のための教科書として執筆されて改版を重ね、現時点でのゲームデザインの最強の定番教科書である.これまで大学で使えるレベルのゲームデザイン教科書が入手困難だった日本のゲーム教育界にとって、本書の翻訳は江戸時代に『解体新書』が訳されたのと同様に、専門家だけでなく多くの人が新しい学問体系を知るきっかけになるだろう.本稿ではこの教科書(以下、本書)の紹介と今後の展望について述べ、末尾には付録として正誤表案を示す. 著者について著者のジェシー・シェルは、数々の職を経験したあと、ゲーム産業とコラボレーションをする大学のパイオニアだったカーネギーメロン大学ETC(エンタテインメントテクノロジーセンター)に教育専門教員としてスカウトされ、全米トップの大学でゲームデザインを教えてきた.その他にも、過去にはIGDAチェアマンをつとめたり、自らのゲームスタジオSchell Gamesもたちあげて現在に至っている.彼がディズニーでVRアトラクションやオンラインゲームに取り組み、そこで出会ったランディ・パウシュにスカウトされた経緯はカーネギーメロン大学のYouTube講義『最後の授業』でも言及されている(パイレーツ・オブ・カリビアンVRのゲームデザイナ, BVW科目の後継として).そしてNHKのドキュメンタリーにも登場した. 彼の目立った仕事をあげると、VR脱出ゲーム『I Expect You To Die』が300万ドル(約3.3億円) を超える売り上げを記録し、その戦略がゲーム業界以外でも注目された.ゲームタイトルだけでなく、中学生向け教育用XR教材「Happy Atoms」がクラウドファンディングで注目され、2017年に数々の賞を受賞した.これらをつくりだしたゲームスタジオSchell Gamesは100人を超える大規模スタジオに成長し、西海岸・東海岸・カナダとも異なる新たなゲーム産業の地域ハブとなったピッツバーグを代表する企業となった.毎年3月のGDCでカーネギーメロン大学ETCの同窓会が開かれ、彼自身も毎年GDCの複数セッションで講演を続けているゲーム業界の名物教授だ. 「前例がない場所で仕事をする」「異なる分野に挑戦し続けている」というパイオニア的な仕事をしてきたわけだが、そうした彼の仕事の特徴はこの教科書にもみることできる.彼の教科書には特定のジャンルのゲームデザイン方法は書かれておらず、ボードゲームからVRゲームまでさまざまなゲームに共通する理論や構造を扱っている. 本教科書を採用するメリット著者はこの教科書を大学の授業に使ってきた.初版を使った2014年の授業報告はCEDEC2015でも発表した他、第2版にもとづくシラバス(1学期分の授業計画)も公開している.その経験を踏まえて、本教科書をゲームデザイン科目に採用すると以下のメリットがあると考えている.
アカデミックな評価本書は古今東西のゲームデザイン論を集成し体系化しようとする試みであり、そのためにゲームに関係する様々な分野の人がアート・ソフトウェア工学・ナラティブ・マネジメントなど自分の関心に近い章を読むことができる.その例として、本アカデミック・ブログでは「ゲーム研究の成果を教科書で学べるか」という研究者視点で紹介しよう.・ (1)ゲームAI研究: IGDA日本SIG-AIの三宅は2000年の『Counter-Strike』について、2017年に以下のように述べている. 無理矢理に「連続空間」を「離散空間」と見なしているんです。これもロボット技術の分野では60年代からあったのですが、ゲームに持ち込む発想がなかなか出てこなかったんですね。 (21世紀に“洋ゲー”でゲームAIが遂げた驚異の進化史。その「敗戦」から日本のゲーム業界が再び立ち上がるには?)2008年初版の本書には、当然この発想が入っていた.空間のデザインについて、連続空間ゲームを離散空間ゲームにできないか、あるいはその逆を考える(技術を学ぶのではない)課題が入っている.さらにAIでは自動生成ナラティブの博士論文も紹介されている. ・(2)ゲームスタディーズ: ゲーム研究者にとっても本書の内容は読むに値する.「創発型ゲーム」「ユーザの心的状態を含めたゲームメカニクス」など近年のゲーム研究書のキーワードが教科書入りしている.これは研究者にとっては研究トピックを体系の中に位置づけ整理することができる.その一方、これから学ぶ学生は研究書を読んでも「それ教科書で読んだ」と思うかもしれない.だが、大学では研究と教育が同時に進められるのはむしろ普通である.そして学生がいちはやく研究成果に触れることができるトップ校のゲーム開発者教育を本教科書は示している. ・(3)トランスメディア論: トランスメディア論は日本では紹介が遅れたため、マーケティングのメディアミックス論と混同されて、開発現場で使える手法になっていない.しかし欧米ではメディアミックスの手法はトランスメディア論として大学で学べるようになっている.本書にはそうしたトランスメディアの章が含まれ、日本でははじめてのトランスメディアワールドの作り方の教科書としても読むことができる. ・(4)シリアスゲーム・ゲーミフィケーション研究: 井上明人『ゲーミフィケーション』の末尾に「シェル構想」として本書の著者が登場するので、国内のシリアスゲーム関係者は著者の名前は聞いたことがあるだろう.シェル自身はシリアスゲームという分野があるのではなく、人を変えるゲームがあるのだとして「シリアスゲーム」という言葉は使わない.つまりシリアスゲームの知見はあらかじめ本書に含まれている.特にMotivaionの章とTransformational Gameの章は、いま日本語で読めるシリアスゲームのデザインのための最高の教材だ.本書が出版されたあと、シェルのゲームスタジオのスタッフがこれらの章の考え方にもとづいたThe Transformational Frameworkを配布しているので、さらに実践活用に向かいたい人はそちらも参考になる. このように、本教科書は様々な分野の成果が取り入れられており、学生のうちにこうした内容に触れた人材が世界各国で育つ新しい時代の到来を感じさせる. 本書の改善点と今後の展望本書(第2版日本語訳)が出た直後に、原著は改訂第3版であるThe Art of Game Design: A Book of Lenses, Third Editionが発売された.カタログの「New to this edition」を読めば、どの項目が追加されたか一目でわかる. 大きな変更はないが、VR/ARゲーム開発者は第3版も読んだ方がよいだろう.また、ベストセラーの大学教科書=すなわちデファクト教科書が訳されたことで、いよいよ国内のゲームデザイン教育は「どういう知識を教えるか?」という段階を通過して、次の段階について議論する時がきた.どういうカリキュラム設計や授業案で、どういう教育法で行い、その教育をどう評価するのか.そもそもこの教科書を使いこなせる教員をどうやって育てるのか.この話題については、CEDEC2015での発表以来、著者も考えて続けている問題だ.IGDA日本でも話題にする他、国内での議論を深めたい. 付録: 『ゲームデザインバイブル』正誤表案(2019年10月作成、不定期更新)最後に、筆者による『ゲームデザインバイブル』正誤表プロジェクトについて紹介する. 冒頭で述べたとおり本書の翻訳は『解体新書』に匹敵する偉業だが、無理な訳をあてている部分がある.前述したように、この教科書には入門レベルだけでなく研究レベルの内容も入っているため、この教科書を読んで卒業研究に進むと支障が出る可能性もある.そこで修正案をつくり、出版社問い合わせ先に送るとともにIGDA日本アカデミックSIGでも共有した.他にも指摘があればIGDA日本新年会またはオンラインでご連絡いただきたい. コメントの書き方は以下のようになっています. (修正前の語句)/(修正後の語句)という形でマークアップし、コメント文中では以下のタグをつけています.
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2024-1-20 9:14 |
Global Game Jam 2024 プレビュー: オフィスで,学校で,民家で,病院でゲーム開発
あけましておめでとうございます. コロナ禍から復活したGlobal Game Jam国内会場世界同時多発ゲーム開発イベント,Global Game Jamが今年も開催される. Global Game JamはIGDA Education SIGが立ち上げたという歴史的経緯から,IGDA日本支部では日本語サイトをホストするとともに,本アカデミックSIGブログではGlobal Game Jamの情報を紹介してきた.その本ブログでは昨年のGGJ23報告で「対面会場が帰ってきた」と書いたが,今年はさらに全国各地の会場が充実しているので本ブログでも紹介したい. GGJ24までの日程GGJ24の日程を以下に示す(米国太平洋時間).
参加心得GGJでは,誰もが安心してゲーム開発ができる場を目指している.そのためにインクルージョン・ポリシーと行動規範を定めており,セクシズム,レイシズム,人種差別を含むあらゆる排除を容認していない.それらを含むゲームは削除される.また,開発中に許容されない行動の対象となったり,そのような行動を目撃したり,それらに関する懸念事項があったりした場合は通報することができる.そして会場運営者は許容されない行動をとったメンバーを排除することができる. こうした場作りのコードにみられるように,GGJは,初対面のメンバーとでも安心してゲーム開発ができることを強く意識している.こうしたコードは国内のゲームジャムにはあまり見られないので,忘れないようにしてほしい. 国内会場の紹介以下では,国内の各会場を紹介する.IGDA日本の公式日本語情報とは別に,一言紹介を追加する.
国内会場の先にここまで,GGJ日本語情報サイトにはない補足情報を紹介した.参加する国内会場選びの参考にしてほしい.これらの国内会場に参加する以外にも,過去の台北会場や最近の京都コンピュータ学院(KCG)のように,日本から(日本語が通じる)海外会場に参加してグローバル開発に挑戦することも可能だ. 公式ウェブサイトには各種情報がまとめられているが,日本語では Official GGJ Discord の「Game Jam Discussion」から「日本語」のサーバに接続すると日本語での情報交換をすることもできる. |
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2023-10-14 7:40 |
ゲーム研究の重要論文を一望する: Video Games and Gaming Culture (2016) の試み
アカデミック・ブログ主筆の山根です.
本記事では、人文科学・社会科学分野の大手学術出版社、ラウトレッジ (Routledge)が出版した全4巻の論文集『ビデオゲームとゲーミング文化』を紹介ます.簡単な紹介のあと、収録論文90本にオンライン版・日本語訳があれば追記し、最後に特徴と活用法についても私見を述べます. 紹介Mark J. P. Wolf 編『ビデオゲームとゲーミング文化』Video Games and Gaming Culture(ハードカバー4巻本)本書は、各分野の重要論文を収録して出版するCrtitial Concepts(重要概念)シリーズの「Critical Concepts in Media and Cultural Studies」の一冊(4巻本)である.編集しているのは、これまでにもゲーム研究の論文集をいくつも編集しているベテラン研究者Wolfで、本記事執筆時点ではゲーム研究の重要論文集成の決定版と言える. 論文集の役割毎年多くの論文が発表され、それをもとにゲームの大学教科書が次々とアップデートされている.だから過去の論文を再録することにあまり意味を感じない人も多いだろう.たとえば2018年から2019年にかけても『Game Engine Architecture』第3版、『Game Design Workshop』 第4版、『The Art of Game Design: A Book of Lenses』 第3版が予告されており、ここ最近のゲーム研究の成果が反映され効率的に学べるはずだ(ちなみにこうした大学教科書を出しているCRC Pressも、Routledgeと同じTaylor & Francis Groupの系列企業だ).最新教科書よりも効率は悪いが、論文集が役立つ場合もある.たとえば教科書に載っている重要なアイデアは誰がいつ発表したのかを調べ、それとは異なる自分のアイデアを発表する場合である.また、教科書に載っているアイデアがなぜ提唱されたのか、もっと言えば、なぜその学問が必要になったのかを知ることにもつながる. 目次日本に輸入するとかなりの金額になるので、簡単には購入できない.そのため購入の検討材料として、本論集の収録作品やページ数も書店や出版社で公開されている.これを見ると選ばれた論文90本が10の部門にまとめられている.目次からはわからないが、少なくない論文が公開オンラインジャーナルで発表されていたり、著者自身が原稿をオンライン公開しているので、以下にそれらを紹介しよう. 収録論文90本リスト第1巻: 基礎Part 1: Defining Video Game Studies
Part 2: Game Studies Classics
Part 3: History and Historiographical Concerns
第2巻: デザインと理論Part 4: Video Game Design and Formal Aspects
Part 5: Video Game Theory, Methodology, and Analysis
第3巻: プレイとプレイヤーPart 6: Embodiment and Identity
Part 7: Play, Control, and The Magic Circle
Part 8: Threat, Aggression, and Violence
第4巻: 文化的コンテキスト VOLUME 4: CULTURAL CONTEXTSPart 9: Video Games and Education
Part 10: Video Games and Culture
論文集の傾向と使い勝手これら90本の重要論文(一部は書籍の抜粋)を集めた本書を従来の論集と比べると、もちろん過去最大である.ざっと眺めてみたところ、個人的には組織学会やゲームサウンドデザインの論文が収録されているのが目についた.だが、それでもカバーしていない分野もある.たとえば過去のゲームデザイン論文を集めた The Game Design Reader A Rules of Play Anthology に比べると、ゲーム内経済のような社会科学系が薄い印象がある.おそらく経済学の学会で発表されており、ゲーム研究という新しい分野の一部とは言い難いという位置づけなのだろう.「カイヨワやバートルはもうゲームデザインの教科書に載っているからそれで十分でしょう」、という意見もあるかもしれないが、井上が述べているように、日本ではカイヨワが言っていない図式があたかもカイヨワが言ったような誤解が広まっているため、原文に当たることが必須である.また、バートルの図式もYeeをはじめとする社会心理的計量的なユーザ研究が加えられているため、その後の研究の出発点として位置づけることに意義がある. 各巻についている数ページの序文は簡潔ながら、著者が前著の考えを修正したとか、単独で読むのではなく前後の作品と並べている意図が説明してあり、これも読んでおいた方がいい. そして便利だったのだが、4巻の末尾についている総索引だ.なんと索引だけで50ページもあり、ゲームタイトルやゲームデザイナの名前で重要論文を検索できるのは非常にありがたい. さらに続くゲーム研究のために本書の序文には「stand the test of time」という表現がでてくくる.ある論考が、時の試練に耐え、後世に残るものはわずかだということだ.学問の世界ではたとえ第一人者であっても次の世代に乗り越えられ、過去のものになる.その厳しさについても考えさせられた.ゲーム研究が世界各地で進められ、国境を超えて議論されるようになったことで、英語でどのような研究があり、それに対してどういう貢献ができるかを英語で説明するのは必須になっている.たとえ日本で大変素晴らしい研究をして日本語で報告したとしても、世界から見るとその研究は存在していないに等しい.すると日本の過去の議論に対してもこうした論集を英語出版する意義はあるかもしれない.また、英語圏ですでに行われている議論を日本国内だけで再発明することも避けたい.本論集がそうした国境を超えた研究のきっかけになることを願っている. 謝辞: 岡山理科大学総合情報学部情報科学科ゲームシステムデザイン研究室のゼミ生の協力により、本記事をまとめることができました. |
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2023-9-9 2:59 |
2022年アカデミック・レビュー
主筆の山根です.これまでゲーム研究や高等教育で大きな出来事があった年は年間レビュー記事を書いていましたが,このところ本ブログではICD-11論争や香川県条例といったリアルタイムの社会問題にリソースを割いていたためにアカデミックなふりかえりが止まっていました.そこで,ここ2, 3年間をまとめてゲームのアカデミックな話題をふりかってみたいと思います. 2020年から2022年にかけて,ゲーム研究の出版は国内外でもりあがりました.
ゲームの学術出版動向: 欧米編(2020-2022)ゲーム研究書を次々と出版してきたMIT Pressは,相変わらず良質な本を出している.研究者にとって重要なのはトップジャーナル論文誌だが,そういった研究者も学術書籍なしには研究が進まない状況をつくりだしたのはすごい. しかも手当たり次第に乱発するのではなく,第一線の研究者を編集人に配置したシリーズ化路線を進めて突出している. たとえば, 第一人者による手軽な読み物集「Playful Thinking」シリーズ(日本語では『プレイ・マターズ: 遊び心の哲学』(サンプル公開あり )が訳されている), Atari以来のプラットフォームに注目した研究を連発する「Platform Studies」シリーズ, 世界各地のゲーム史を発掘する「Game Histories」シリーズ, コーディングから社会現象まで,ソフトウェア文化を語る「 Software Studies 」シリーズと,シリーズ作はどれもクオリティが高い.これは第一人世代の研究者たちが編集人となって世界中からの投稿を呼びかけているためで,次世代の新しい書き手を発掘するサイクルがうまくまわっている. こうしたMIT出版やラウトレッジといった大手出版社が第一人者を巻き込んで学術書を連発する一方で,新しい分野の研究書を出版する新勢力として台頭してきた出版社もある.その代表として,Oxford University Pressが印象的だった. これまでGames User Research(2018)のようなユーザ調査分析に続けて,ゲームのデータサイエンス本Game Data Science(2021)を出したことで,理工系に強い印象を持っていた.だが,ユタ大学で哲学を教えるC. Thi Nguyenの論集Games: Agency As Art(2020)を出版し,それが2022年1月のアメリカ哲学会(APA)大会でAPA学術出版賞を受賞したことで,総合的な学問としてのゲーム研究の出版社として存在感を増している. 学術出版状況: 国内編国内でもゲームの学術研究の出版物は近年次々と出版されており,新しい出版社も加わった.数年前とはずいぶん状況が変わっている.
(なお,筆者自身も3番目の本の監訳に加わったが,出版社側の積極的な取り組みなしには出版できなかった.その経緯はIGDA日本のライトニングトークで公表している.) 日本語圏では,MIT Pressの様にゲーム学術書を連発することはできない.第一人者を編集人に任命して,世界中から書き手を募るような大規模プロジェクトには,ゲーム研究者の層が厚く,長期的な研究を可能にする研究職ポストが必要とされるからだ.だが日本語圏では,ゲーム研究グループをつくるには研究者層が薄く,ゲームの研究職もわずかなので同じレベルのことはできない.そのかわり,日本では商業誌が学術出版の機能を一部果たしており,研究グループを頼むことなくライターが独力でクオリティの高い記事を商業誌に掲載するという現象も起きている.たとえば三才ブックスのムックや雑誌に真面目な研究が載っていたりするのはその一例だろう. 進む産学連携: SNS時代のプレプリント投稿,データセット公開WHOがICD-11でゲーミング障害を収載した件での英語圏の論争は,香川県条例の提案理由にもなり,過去にも本ブログでとりあげた(2020.2022).これが英語圏で注目を集めた理由としては,論争がオープンアクセスジャーナルで行われ,英語論文がオンライン公開されていたというアクセスしやすさの影響が大きい.つまりこれまでは論文誌に書いても専門家にしか読んでもらえなかったのに対して,オープンアクセスジャーナルでの論争が広くSNSからリンクされるようになった.それだけでなく,まだ審査段階の論文(プレプリントと呼ばれる)が注目を集め,論文査読を通過する前から国際ニュースになるという珍事も起こった.それがオクスフォード大学インターネット研究所のシュビルスキー教授のグループの研究「Video game play is positively correlated with well-being 」だ(日本語記事).ちなみに論文はその後,英国王立協会(The Royal Society)による初めてのオープンアクセス誌Royal Society Open Scienceに掲載されている. これまでゲーム研究の論争は論文誌以外のメディアで起こることが多かったのだが,誰でもアクセスできる論文で展開される論争という,論文とウェブSNSとの両方の長所を生かした論争の時代がゲーム研究においてもはじまったと言える.シュビルスキーはその後もプレイデータにもとづくゲーム影響論を提唱しており,論文だけでなくゲーム会社から提供されたデータセットも公開する実践を行なっている.たとえば,『あつまれどうぶつの森』(北米版)『Apex Legends』『Eve Online』『Forza Horizon 4』『グランツーリスモSPORT』『アウトライダーズ』『ザ クルー2」と異なる企業の異なるジャンルのゲームタイトルについて各社から提供を募り,データセットもレポジトリで公開している(日本語報道). シュビルスキーは来るGDC23でも,「Video Games and Science in a World with Gaming Addiction」で講演予定であり,ゲームには悪い影響があるのかいい影響があるのかという論争を超えてオープンデータにもとづく分析を切り開きつつある. 進む産学連携: 日本発のトップカンファレンス論文(12月)20年以上にわたって産学連携が唱えられてきたが,ゲーム産業の産学連携は一般的なIT分野とは異なる性質を持っている.研究志向の産学連携と人材育成志向の産学連携の二つがかけ離れており,産学がそれぞれ違った夢を見る同床異夢に陥ることが多い.その結果,大学でなければできないような独自性のないプロジェクトや,企業戦略とは無縁のプロジェクトに陥ることも多い.こうした反省から,次世代人材育成志向にフォーカスしたり,研究志向であっても開発現場により近いところで研究したり,あるいは海外の成功例を積極的にとりいれるようになっているのが近年の傾向だと言える.(本ブログも次世代人材育成と海外事例紹介が大きな柱になっている.) こうした中で,今年は海外事例だけでなく日本国内事例も目につくようになった.大学の先端的な研究環境と企業の開発現場の問題解決という距離の離れた二つの方向のどちらも生かしたプロジェクトが出てきている.その代表例が,人工知能のトップカンファレンス「AAAI-23」に採択されたKLabと九州大学の共著論文だろう(九州大学発表,Klab発表).12月の発表には研究者コメントも掲載されており,研究と人材育成の異なるゴールを同時に追求したこと,スーパーコンピュータといった大学環境の必然性についてコメントされている.これらはまさに上記のゲーム産学連携の特色が出ている.また,採択された英語論文も完成度が高く,過去のGDCやトップカンファレンスの達成をふまえつつ,ラブライブの素材を生かした,ゲーム愛がある英語論文になっている(2ページ目で言及されているスクスタのスクリーンショットがいきなり1ページの本文トップに登場したり,謝辞にはスクールアイドルやラブライバーも登場する). ゲーム外交に取り組む海外使節団と受け入れ体制(12月)12月にベルギー王国のワロン地域政府から経済ミッションが来日した.「ミッション」とはもともとは伝道とか布教の意味だが,この経済ミッションでは王室から大学まで数百人の要人が来日した.その全容は記者会見記事に詳しいが,アカデミック領域でも高等教育研究機関の代表が来日して,日本を代表する大学で両国の学長がサインする国際調印式や大学間交流が行われた.東京大学(d.lab)や東京外国語大学はそれぞれ日本を代表する大学として調印式を行なっているが,デジタルゲーム教育研究でも以下の国際交流が行われた.
こうして見ると国を代表する大学の学長クラスの外交に目を奪われるが,ゲーム分野では他の輸出産業と異なり,2カ国の学生限定のゲームジャムが開催された.つまりゲーム分野では次世代を視野にいれた長期的な取り組みとして,大学トップダウンと学生ボトムアップの両方で2国間産学連携事業を進めている.その様子はレポート記事「ベルギー王女も発表授与式に参加した国際学生オンラインゲームジャムが示す未来 」やつぶやき非公式まとめ で知ることができる.国や大使館がゲーム人材育成を支援することを意外と思うかもしれないが,これは短期的な事業は産業界にまかせて,企業や職業訓練校が推進できない長期的な事業を国がやる,という得意分野に特化しているように見える.そしてレポートによれば,この2カ国間ゲームジャムを草の根ボランティアでやりきったのはすごい.しかしこのやり方で他の国々が日本にゲーム外交を申し込んでくるたびにボランティアで対応するのはあきらかに無理がある. ゲーム先進国には,海外から「ゲームを学びたい」という留学生を受け入れる仕組みがあるが,そのために国際教育事業を進めるのは先進国の政府機関の仕事だ. たとえばビデオゲーム発祥の地アメリカではゲーム外交( game diplomacy)は国務省とNPO法人Games for Changeが他国間に対して展開している.それに比べて日本にはゲーム大国としての外交戦略は存在せず,国際交流基金が日本ゲーム産業史のオンラインセミナーを開いた程度だ.ゲームジャム外交についてはボランティアが活躍したが,持続可能な長期戦略に向けて日本政府・地方自治体も先進国のゲーム外交への取り組みを調べて,市町村や産学官の壁を超えたオールジャパンの備えをしておく必要がありそうだ. おわりに上述したように,ゲーム研究では,学術出版を通じて,第一世代が編集人になって次世代を起用する世代継承が国境を超えて進行している.日本語圏だけではそのような研究者層は形成できないが,新たな国内出版社が参入したり,日本発の産学共著のトップカンファレンス論文が出たことは今後につながるニュースだった. また,ゲーム人材育成においては海外使節団を迎えるという事業を(一部はボランティアで)実現できたという飛躍の年でもあった.今後は,持続可能な体制づくりが課題になるだろう. |
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2023-3-28 7:34 |
2021アカデミック・レビュー: ゲーム学における最大の論争(上)
アカデミック・ブログ主筆の山根です.あけましておめでとうございます. 本サイトはゲーム研究・ゲーム教育について情報発信を続けてきましたが,2021年の更新は停滞していました.これはコロナ禍によってIGDA日本の勉強会(および懇親会)が開けなくなったことも大きいですが,本アカデミックSIGにとっては,執筆以外の活動が増えた1年でした.具体的には,「gaming disorder」(ゲーム症,ゲーム障害,ゲーミング障害,執筆時点で公式日本語訳は未定です)についてウェブでの情報発信よりも直接的な社会的活動に終始した1年でした.2021年を振り返るこの機会に,ゲーム研究で最も問題となった概念の一つであるこの議論の経緯をまとめてみます. 2021年,IGDA日本アカデミックSIGの名前を出しての著述活動は以下の通りです.
(この他の仕事として,ゲーム開発者初年次教育と『eスポーツの科学』もありますが,それらは単独での仕事ではないので省略します.)ただしこれらの論争の中では,情報源を示してもその発表場所や学会の意義については説明してこなかったので,それら英語情報をどう信用すればいいのかわからないところがありました.そこで,以下では,これまでの現場での発言では紹介してこなかった論争シーン全体を筆者の視点からふりかえってみます. 香川県条例の論争を構成した多様な参加者香川県のネット・ゲーム依存症対策条例が2020年4月に施行されましたが,本ブログはその背後にあった論争を紹介し,さらにゲーム開発者への無理解をのりこえるために2020年1-2月のパブリックコメント期間に香川県でゲームジャムを開催すると記事にしました.そしてその後パブリックコメントの水増し疑惑で条例の成立過程が全国的ニュースになり,この問題に議論や透明性が欠けていたことが多くの方々に知られるところとなりました. こうして地方議会の問題が全国的な注目を集めるまでには,複数の異なる問題意識を持った参加者が関わっています.コンテンツ文化研究会による情報公開や勉強会,地元メディアやネットメディアが行った調査報道,それ以前から繰り返し警告されてきたゲームの悪影響報道への警戒.こうした異なる視点が香川県条例に持ち込まれていましたが,当方の立場としてはICD-11をめぐる産学の国際的な論争を念頭に置いて議論に参加していました.この国際的な議論についてもこれまで国内での説明が無かったので,以下に整理してみます. 学会での議論gaming disorderの論争でもっともよく知られているのは,第一線の研究者による共同声明とそれに続く誌上討論(ディスカッションペーパー)でしょう.以下に論争の主な記事とそのまとめを紹介します.
これらのgaming disorder論争とその余波を見ると,以下の点が特長的です: (1)オープンアクセスジャーナル(記事が無料公開されるオンライン論文誌)で論争することで世界中に公開されていた.(2)論争のどちら側も単独著者ではなく,国際的なオールスター研究者の共同執筆体制ができている.(3)gaming disorderに慎重な立場のディスカッションペーパーが出たら,米国ゲーム業界団体ESAが速報する体制ができていた. これらの学術論争は当時の日本の学会メディアでは伝えられることはありませんでした.(これは研究コミュニティがこの論争を意図的に無視したわけではなく,後述するように日本では国内ゲーム関連学会の国際化機能が弱く,それに対してオンラインコミュニティの個人的な伝達の方が伝播力が強く学会よりも先に広まってしまうためです.)唯一の例外が,この論争に参加した共著者の一人,久里浜医療センターの樋口院長の学会誌の報告で,そこではWHO採択前に起こったことして,「世界のゲーム業界がこの件に気付いたのです。様々な方法を使って、業界がこのゲーム障害収載の阻止に動いています」と報告されていました.これを読んだときは「アカデミックな大論争を無かったことにするのか?」と思いましたが,確かに特長(3)を相手側から見ると,世界各地のオールスター研究者が共同声明を出し,それをゲーム業界団体が即座に利用するというのは連携が上手すぎてあやしい.世界各地の研究者がゲーム業界団体の手先になって共著論文を書いて,それがゲーム業界の批判キャンペーンの根拠として使われているような印象を抱いても不思議ではないでしょう.しかし,各地の第一人者の問題提起をゲーム産業の策謀であると考えるのは現実的ではないでしょう.むしろゲーム業界が英語論文を正しく活用しているのならそれは傾聴に値するのではないかと本論では考えます. さて,このように多くのの分野にまたがる国際的な議論が行われましたが,結局のところ学者の間で決着がついていない状態でICD-11草案が採択されました.このことは地球規模の混乱を起こすのではないか,そしてICD-11の公式日本語訳ができて有効になる前に,いちはやく独自解釈の予防法を施行した香川県条例は,そのトップランナーだったのだと筆者は考えています. ゲーム・エンタテインメント専門家コミュニティでの議論gaming disorderをめぐる国際的な論争は,上記の誌上討論だけではありません.海外のゲーム開発者の勉強会やゲーム教育の専門家コミュニティでも解説・現状分析・提言が行われてきました.主な英語勉強会・ゲーム開発者団体・日本語情報を列挙します.
これらの学会討論以外の場で行われたコミュニケーションの特長としては,(1)英語圏ではゲーム業界団体(ゲーム会社の団体である)ESAとは別に,ゲーム開発者の勉強会やコミュニティでも問題提起が行われている,(2)声明を出すのも業界団体(大企業の代表)だけでなく,ゲーム開発者教育のHEVGA,ゲーム開発者団体のIGDAといった関連団体が学者の論争を参考にした声明を出している,(3)心理学博士が数多くGDCで講演し,それが無料公開されることで心理学の最前線とゲーム開発者コミュニティがつながっている,(4)研究者の講演の内容も,論争紹介にとどまらず,「なぜ娯楽の中でゲームが叩かれるのか」といった論争相手の分析やパニックを起こす現代社会の分析,職業倫理やデータ活用といった今後の提案まで話題をひろげている,ということがいえます. そして日本との最大の違いは,GDC17講演に見られるように,大手ゲーム開発会社が報酬心理学の博士人材をリクルートしており,脳神経科学でどこまで解明されて,どこまでが仮説段階や誇大広告なのかという知見や,ゲーム企業が今後の解明に協力できるのではないかという提言までも業界内外で(ライバル企業だけでなく)公開できることでしょう. 企業団体と開発者コミュニティとの両輪でまわすゲーム論陣この1年で「日本のゲーム業界は海外のゲーム業界のように情報発信すべき」という意見をよく聞きました.ESA CanadaがWHOとコラボするとか,ESAがワシントンオフィスを構えるといった社会活動は確かに素晴らしい.しかし本稿でここまで見たように,ESAはgaming disorderについて独力で批判を展開したわけではなくオープンアクセス論文に依存しています. 次の記事では,後編として,ゲーム開発者コミュニティのボトムアップの社会活動から学んだことについてまとめます.アメリカで業界団体ESAができる以前にゲーム開発者はモラルパニックにどのように立ち向かったのか,ヒトの脳の仕組みが解明できていない状況で教科書は報酬の心理学についてどう教えるべきか.これらのアメリカのゲーム産業の経験は現代日本にとっても参考になると考えています. |
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2023-3-14 9:26 |
ゲーム学における最大の論争(下): ゲーム産業団体のグローバル化
主筆の山根です. 日本がゲーム産業の国際的ネットワークから無視され始めている?今月2022年11月2日に,世界のゲーム業界団体がGlobal Video Game Coalition(GVGC)を立ち上げた.プレスリリースは以下の文章ではじまっている.
(プレスリリース原文) The world's leading video game associations today announced the formation of the Global Video Game Coalition (GVGC) to raise awareness of the positive impact of video game play on players of all ages and to demonstrate the industry's long-standing commitment to enabling players, parents and guardians to engage in responsible game play. このニュースリリースからウェブサイトのコンテンツに目を転じると,プレイヤー・親・子供の世話人に力を与える「責任あるゲームプレイ(Responsible Game Play)」のツールとして,まずコンテンツレーティングについてPEGI, ESRB, IARC, USKが紹介されている. この第一報で気がつくのが「世界の主要なゲーム業界団体」に日本のゲーム業界団体が入っておらず,上記の自主レーティングの例にも日本のCEROは出てこないことだ.東アジアからは韓国のゲーム業界団体が参加しているので,アジアが軽視されているというわけでもなさそうだ.つまりグローバルなゲーム産業の中で日本の業界団体だけが消えているかのように見える.本論の立場では,これは日本がガラパゴス状態で無視されたといった産業界の失敗ではなく,ゲーミング障害論争のグローバル化による避けられない事態のように見える.以下で解説と提言を行う. 世界のゲーム業界団体に起こった変化GVGCはスイスのジュネーヴを本拠地にしているが,この新機関はたんなる広報機関ではなく,ジュネーヴに本部を置く国際機関,特にWHO(世界保健機構)とのコンタクトを意識して国際求人を行っている.新機関と言ってもこの機関はいきなり登場したわけではなく,過去の活動の積み重ねの上に成立している.数年前は世界のゲーム産業団体がスイスに代表を送り込むとは考えられなかったが,バラバラだった各大陸のゲーム産業団体が最近になって行動をともにするようになった.ゲーム産業団体が歩調をあわせてきた取り組みを表1の年表に示す.
こうして見ると,ゲーム業界がゲーミング障害について単独活動から共同活動へと進んだのは2018年初頭のことだと言える.2018年1月には米国ESAの単独声明だったが,3月には欧州・北米・アフリカ・南米・アジアオセアニアの全大陸のグローバル連携へと発展している.ゲーミング障害はアジア諸国からの圧力がかかっていたという証言もある中で,アジアは世界への説明責任が求められていた.その中で韓国のゲーム産業団体が共同声明に加わったのは意義深い. 非英語圏もふくむ世界のゲーム業界団体が短期間で共同声明を出せたのは,ESAが雄弁だったからではなく,学術論文にもとづいているからだろう.1月のESAの声明は,国際論文誌の論争論文(Debate Paper)へのリンクをはって紹介しただけだった.だが3月のグローバル業界団体共同声明では,論文を引用した声明だ.つまり,各大陸のゲーム業界団体は学術論文を起点にして短期間のうちに合意形成している.この学術論文に基づく合意形成のスピードを日本のゲーム業界団体は経験していなかった. 日本ゲーム業界のゲーミング障害への取り組みこれに対して,日本のゲーム業界も独自の意見表明に取り組んでいた.それは独自に学術研究に着手しゲーミング障害への自主的な取り組みを進めるものだ.表1に示すように,先月2022年10月に国内ゲーム業界団体(CESA,JOGA,モバイル・コンテンツ・フォーラム(MCF)、eスポーツ連合(JeSU))が進めているゲーム障害に関する調査・研究の中間発表が報道された.この団体にはアーケードゲーム業界団体や個人ゲーム開発者の団体,教育用ゲームの団体などは含まれていないが,日本のゲーム業界の最大勢力が結集したものだ. 日本の方法は,ゲーム業界団体が日本を代表する専門家チームに調査を依頼するというものだ.しかし新型コロナウィルスのために全国調査を1年延長したという事情もあり,まだ終わっていない.まず2022年10月4日、ゲーム障害調査研究会が記者発表会を行った.これは中間発表に相当するもので,発表会の様子はゲーム系メディアによって以下の報道が行われている.
日本のゲーム産業団体が依頼する研究には,海外ゲーム産業団体(および彼らが引用する学術論文の研究者)とで,以下のような違いがある.
1. 論文が先か,記者会見が先か 論文が公表されるまでには時間がかかる.学術論文誌に投稿したあと,論文誌の編集委員が他の専門家に査読を依頼し,それを通過して初めて掲載される.この時間が足りなかったのか,今回の中間発表では論文を出す前に記者会見している.これはやむを得ない面もあるが,ゲーム産業がこれを根拠にするのは無理がある.論文草稿も公開せずに記者会見するのは今後の論争のお手本にならないので,最終報告会では論文にもとづく発表を期待したい. そこで参考になるのが海外団体の流儀だ.たとえばアメリカのゲーム業界団体ESAがICD-11のゲーミング障害について声明を出した時は声明文はわずか1行,あとは論文情報とオンラインジャーナルへのリンクが主役だった.オンラインジャーナルに論文が掲載されればこうして直接参照したシンプルな声明を出せる.もしも論文掲載が審査中で報告会に間に合わない場合は,まだ採択前の投稿段階の草稿で議論が進められる場合もある.たとえば日本のような自己申告のアンケート調査ではなく「実際のプレイ時間」を使った研究が発表された場合は,採択前の草稿段階で全世界で報道されていた. 2. 「ゲーム障害への対策は必要」と単純化されたメッセージ 今回の中間発表では,報道が「ゲーム障害への対策は必要」と単純化されてしまい,なぜ論争になったのかわからなくなっている.実のところ,我々はまだその障害を理解していない(ただし各委員ごとに詳しい報道を見ると,篠原委員が「ゲーム障害やゲーム依存症といった概念を,やたらに使うことは避けるべきだろう」と解説している).そしてこれまで国内に紹介された科学者の取り組みも報道では無かったことにされている.たとえばWHOのICD-11プロジェクトに日本から参加した臨床心理学の神崎氏は2020年に以下のように報告している. アメリカ精神医学会は、WHOがICD-11を発表した2018年にもゲームに嗜癖性があるか否かについては未だに議論の最中であると改めて表明しており、基本的に一貫しています。 もう一つの単純化されたメッセージは,対策の判断根拠だ.診察もせずに「疑いが何%あるから無視できない」といった自主規制という結論ありきの単純な報道では,失われるものが大きすぎる.「何%以下なら無視していいんですか」「もっと大きな要因がないか調べたんですか」いう検討事項が抜け落ちてしまっている.そうした報道の弊害が出ることも踏まえて,事前の想定問答を用意するなどした方がよい. 詳しくは最終報告書を待ちたいが,すでにゲーム影響論の分野では疑い率以外のリスク分析も日本に紹介されている.たとえば心の健康に及ぼす寄与率(関与率)を比較した健康リスク研究としては,スマホの利用時間が長いほど健康に悪いという俗説に対して,根拠となる査読論文やサンプル数を示しながら「ティーンエイジャーの精神的健康の悪化と技術の関連性は、ジャガイモを食べることと心の健康の関連性と同程度」「メガネをかけていることのほうがマイナスの関連性が大きい」といったリスク要因評価が紹介されている.(スマホ利用と心の健康, 日経サイエンス 2020年4月号).今回の中間発表はそうしたリスク間の評価を行っていないため,最終報告ではリスク評価への言及が加わることを期待している. 3. 日本法人と海外法人の国際ギャップ 上記2点の結果として,日本のゲーム会社は日本の業界団体に所属する日本法人と,海外の業界団体に所属する海外法人とでは異なる振る舞いになってしまっている.表2に現時点での違いを示す.
世界のゲーム業界団体に日本が合わせる必要はないが,日本だけは異なる文化を持っていることを示す必要はあるだろう. 過去の成功体験ここまで読むと日本の業界団体が問題を抱えているように思われるかもしれない.だが本論の視点では,国内ゲーム業界団体がその他の国々のゲーム業界団体とは異なる行動をとったのは,独断専行やミスによるものではない.むしろ過去の成功に基づいた合理的な判断だった.これは単純な問題ではない. かつて日本のゲーム業界団体は,ゲーム業界が健全な業界であることを社会に示すために,世界のレーティング機関を調査し,のぞみうる最高のレーティングのあり方について学界に調査報告を依頼したことがある.その結果は学術書として大学出版局から出版され(当時の書評記事),ゲーム業界団体とは独立した第三者機関としてのCEROの方向性を決定づけた.つまり研究チームへの調査依頼によって,日本のゲーム業界団体は当時の世界でもっとも(政治学的に)望ましい形のレーティングの仕組みを構築・説明できた.今回の専門家委員会への依頼もこうした過去の世界的な成功体験からふりかえると,合理的な判断だったと言える.(前回と同じパターンだとすれば,最終報告は学術書として出版されるかもしれない.) グローバル対応のための提言いま起きているのは,日本のゲーム業界団体が間違ったことをしたわけではなく,成功にもとづく合理的な判断のために,新ルールでは世界から消えてしまうという複雑な事態だ.だがその反面,論争のどこを押さえていなかったか,どこに国内外ギャップがあるのかを特定して対応をとることは可能だと考えられる.以下に国内外ギャップの主なポイントをあげておく.
本記事で見てきたギャップを一見すると,日本のゲーム業界団体はジュネーヴに声を届ける手がかりを失ったように見える.だが,本記事で見たように,日本以外の業界団体が重要論文にもとづく意思表明をするようになったのは最近のことに過ぎない.したがって日本の業界団体もこれまでの有識者委員会報告書にもとづく自主規制を否定したり断念する必要はない.これまでの積み上げに加えて,さらに進行中の学術論争を意思決定にとりいれることは可能なはずだ. 付記: ゲームへの社会的批判とIGDA最後に,本ブログの本家であるIGDA(International Game Developers Association, 国際ゲーム開発者協会)の立場について説明します.IGDAは業界団体(企業の代表)ではありません.企業の枠を超えたゲーム開発者の草の根団体(grassroots community organization)です.IGDAが設立された経緯については,IGDA日本支部のウェブサイトでIGDA20周年記念講演のスライド日本語版と講演内容の日本語訳が公開されています.また,記念講演は日本語でも報道されています(【GDC 2014】ゲームの社会批判に答えるにはプロの開発者団体が必要 ― IGDAの創始者が語る20年間の軌跡).それらから,IGDA設立時の1993年当時は格闘ゲーム「モータルコンバット」が北米マスメディアで問題視され,「ゲームについて知識の無いポリシーメーカー(政治家)が法規制に走ろうとする時,専門家はどうすべきか?」という問題意識が高まったことがわかります.つまり米国のゲーム業界もはじめから社会的な活動をしてきたわけではなく,社会的な論争(特にBrown v. EMA裁判)のたびに説明責任を果たしてきた蓄積の上にいまの活動があります. IGDAの日本支部であるNPO法人IGDA日本が香川県条例に反対コメントを提出したのにもこうした背景があります.ゲームへの社会的批判に対して業界団体とは異なる視点から貢献できることを願っています.(なおこの文章の責任は主筆の山根にあります.) |
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2023-2-15 19:14 |
Games for Change FestivalプレビューとG4Cの歩み
今年のゲームズ・フォー・チェンジ・フェスティバル(Games for Change Festival) G4C2020 は7月14日(日本時間14日火曜深夜)-16日(日本時間17日金曜早朝)に開催される.特に今年はパンデミックにともない無料オンライン開催が決まり,日本からも視聴参加が容易になった.そこで本稿ではプレビューを行う.
個性的なニューヨークのゲームシーンニューヨーク市はゲーム産業の中でも独自の都市文化を持っている.年間を通じてゲーム関連の様々なイベントが開催されており,ゲーム企業だけでなく,中学高校・大学・美術館・NPO・eスポーツチーム・そして市民がそれぞれゲームイベントに参画することで多様なゲームコミュニティが形成されている.こうしたニューヨークのゲームイベントの中でも最大級のイベントが今回紹介するGames for Change Festivalだ. このG4Cフェスティバルは「サンダンス映画祭のビデオゲーム版」とも呼ばれ,大企業ができないようなゲーム,つまり娯楽以外のために作られたゲーム,小規模だからできるゲーム,非営利だからできるゲーム,そして社会的テーマを扱ったゲームのデモや開発者プレゼンが行われる.ただし大企業でも野心的なゲームはこれまでにG4Cアワードで表彰されており,2018年のゲームオブザイヤーはLife is Strange: Before the Storm,2019年のゲームオブザイヤーはNintendo Labo,参加者が選んだのは Discovery Tour by Assassin’s Creed: Ancient Egyptだった. G4Cのはじまり: Peace MakerもともとG4Cは1人の大学院生の課題作品からはじまっている.カーネギーメロン大学のエンタテインメントテクノロジーセンターはランディ・パウシュの『最後の授業』でも知られるゲーム高度専門家人材育成機関のパイオニアだが,そこで学ぶ学生が課題作品としてPeaceMakerというゲームを開発した.この作品は『ゲームデザインバイブル』第32章で「わたしが見てきた中で最も印象的だった事例」として紹介されている.これはイスラエルからの留学生が開発したゲームで,開発者はイスラエル軍の諜報活動に従事した元士官アシ・ブラクで,除隊後に留学したカーネギーメロン大学でパレスチナ出身の学生とはじめて議論した経験から,紛争解決を目指すゲームを開発したという.そして開発したゲームを販売するだけでなくイスラエルに持ち帰り,国会議事堂で国会議員を対象にしたプレイテストを実施する.この様子はNHK「おはよう日本」ワールドリポートでも報道されている.こうして社会問題を解決するゲームという研究をまとめたブラクは,その後,ニューヨークを拠点にゲームで社会問題を解決するための組織「Games for Change」をたちあげ,シリアスゲーム最大のイベントに成長させた.その後ブラクはG4Cのフロントマンからは一歩引いて,GDC2019期間中に新事業「Games for Change Accelerator」を発表している.これは社会的インパクトを与えるゲーム開発者と,投資家(社会投資家,XR投資家,ゲームの目利き)をマッチングさせるゲーム開発資金サポート組織だ. G4C2020の注目セッションGDC2020は無料配信されるが,視聴には公式ウェブサイトからのオンライン登録が必要だ.以下では個人的に注目しているセッションを紹介したい.・「Educational VR Games: Lessons Learned」日本時間7/14 24:00-24:20 『ゲームデザインバイブル』(原題: Art of Game Design)第32章で変容のためのゲームを提唱したジェシー・シェルによる,アメリカの政府資金助成も受けた歴史教育VRゲームの開発経験談. ・「Winning Against Pandemics: Games as Essential Tools for Planning and Response」日本時間7/14, 25:15-26:15 新型肺炎のパンデミックにおいて,ゲームは外出制限下の「ひまつぶし」だと思われがちだが,パンデミックに勝つためのゲームも存在する.まさにいま求められているゲームの開発者たちが登壇する.パネリストはそれぞれ有名な開発者なので略歴をチェックしてほしいが,彼らのゲームでもっとも知られているのはFoldItだろう.すでに国内でも「ゲームが新型コロナウイルスを止める可能性。ワシントン大学の博士が『Foldit』のプレイをゲーマーに呼びかけ、タンパク質の立体構造を用いたパズルゲーム」(電ファミニコゲーマー2020)などで紹介されているが,新型コロナウィルスに取り組む前の実績を紹介した記事も多い. Nature Video: 研究者やハイスコアゲーマーへのインタビュー(字幕自動翻訳あり) TEDxVancouver - Seth Cooper - Play Games, Solve Disease ・「G4C Chapters: Asia-Pacific Launch Announcement」7/15, 4:35-4:40 G4Cでは,新たにアジア太平洋支部がニュージーランドに開設される.日本のシリアスゲームの国際化ではアメリカに出品することを第一に考えてきた傾向があるが,これからは広域のコミュニティができるかもしれない.新支部についてはオープニングでも発表される予定だが,この枠では新支部長が紹介されるとともに,続くアジア太平洋ミーティングの案内も行われる予定だ. ・「Games and Moral Panic: 2500 Year History」7/17金曜日07:00 ? 08:00 最終日の目玉として,ゲーム研究のリーダーが集結したパネルディスカッションを紹介する.パネリストにはカナダ連邦に任命されたゲーム研究のリーダー,トップ校のデジタルヘルス研究ディレクター,HEVGA会長といったゲーム研究拠点の豪華メンバーがそろっている. 彼らは自分の業績を語りにくるのではないし,いまさらゲームは世界を変えると自明のことを語るわけでもない.前回G4Cフェスティバル2018に集まったメンバーの再結成イベントと言えるが,2018年も「Moral Panic」がテーマだった.つまり,当時起こっていた社会的なパニックとしてのゲームに対する非難(米国内の銃乱射事件やWHOゲーミング障害をきっかけにしたもの)に対して学会トップが結集した行動だった.そこでは「なぜゲームは社会から攻撃されるのか」「ゲームを攻撃する人は何を考えているのか」を踏まえて,ゲームに関わる者はどう語るべきかを問いかけている.このパネルディスカッションは好評を呼び,翌年にゲーム開発者が集まるGDC19にも招かれて,講演動画や資料がオンライン公開されている(この内容はすでに本ブログで2020年1月に紹介している(YouTube動画を日本語自動翻訳字幕で視聴可能).GDC19では近代の焚書やスポーツ 禁止令から続くゲーム焚書について説明していたが,今回は2500年前にさかのぼるということでモラルパニックのスケールがさらにひろがっている. その他この他にも,先日IGDA日本でもウェビナー講演したホデントを迎えたゲーム産業における倫理問題,個人情報にまつわるプレイヤーの権利保護問題,ゲーマー研究の難しさ,ナイアンティックの社会的影響部門長を迎えた都市計画のセッション,そしてテーマごとのFunder(ゲーム開発を公募して出資する機関の代表者)による説明会など,幅広い講演が予定されている.これだけの発表が一堂に会するのはG4Cならではであり,ぜひ講演スケジュールの中に面白そうな題名の講演がないかチェックしてほしい.追記G4C会期中に,ビデオゲーム高等教育連合 HEVGA(Higher Education Video Game Alliance) がフェローの発表を行いました.このフェロー制度は,ゲーム開発者教育を行う高等教育機関のリーダーを表彰するものです.HEVGAは過去にGDC期間中にフェローを発表・表彰していましたが,今回はG4Cでの発表となります.これにより,研究機関でゲーム教育にたずさわるリーダーが,G4Cコミュニティーにも認識されることになりました.ゲーム研究に取り組む研究者と,社会を変えるゲーム開発者とが場を共有することになりました. アナウンス動画: https://www.youtube.com/watch?v=PeowChp4VrI |
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2023-1-29 23:56 |
GGJ23プレビュー: パンデミック後の産学イベント(追記あり)
世界最大のゲームジャムイベント,Global Game Jamが1月末から2月第1週にかけて開催される.本ブログではGlobal Game Jamの初期から報告を行ってきたが,本稿では直前プレビューを行いたい. 対面会場が帰ってきたGGJ23の日程は以下の通り: 1月28日10AM(米国太平洋時間PST,日本時間では29日午前3時)に開発するゲームのテーマ発表・基調講演が発表される.それらはTwitchで公開され,2月5日(現地時間)までの間に各会場で48時間のゲームジャムを開催する.会場によっては現地集合せずにオンライン開催する設定も可能になっている.このために各会場ごとに参加申込期限が異なる.最終日である2月5日(ハワイ会場の最終日は日本時間では2月6日)には,ゲームがオープンなライセンスでアップロードされ全世界に配信される. 今年の大きな話題は,なんといっても各地の会場に集まることが解禁されたことだろう.GGJ20以来,パンデミックによりゲームジャム会場を開設するのが困難になり,GGJでもゲームジャム会場閉鎖やオンライン開催への移行が行われてきた.そしていよいよ今回のGGJ23では,コロナウィルス対策を行うことを条件に,オンライン開催だけでなく対面会場を開催できることが全世界に発表された. 日本国内でも,2020年度に「不要不急の外出自粛」「夜8時以降の外出自粛」が実施されたことで各種ゲームジャムの開設が困難になり,オンライン開催に切り替わった.そのあいだ海外では外出制限区域以外でソーシャルディスタンスを保って屋外で開催されるゲームジャムもあったが,それでも以前のように数百人のメガ会場はみかけなくなった.日本で小規模なゲームジャムが開かれるようになったのはさらに遅れて2022年度からで,医師が常駐する地方会場開催のような試みがIGDA日本のライトニングトークでも紹介されている. そうした試みを経て,今回のGGJ23で全国各地でオンライン・オフライン会場が開設されることになったのは感慨深い(原稿執筆時点では,北海道から沖縄まで14会場). 国際化するGGJと東アジアからの貢献GGJでは主催者が立ち上げた非営利企業「Global Game Jam」も組織化され,米国法人の常勤スタッフだけでなく,国際ボランティアチームが結成されている.そしてこれまでGlobal Game Jamの会場をとりまとめてきた各地域のコーディネーターに加えて,全体のディレクター職も各地域から任命されている.我々と関係の深い東アジアからは,GGJ 2022-2023 Executive Committee にIGDA台湾のJohnson Lin氏が,GGJ Board of Directors にはUnity日本法人の大前広樹氏が加わっている. 特に大前氏はGlobal Game Jam 2011から参加して,Unityを使った学生とのチーム開発ふりかえりを共有してくれたので(IGDA日本勉強会,GTMF 2011など)日本のゲームジャムシーンたちあげに大きく関わってきた. GGJ23国内会場に向けてGlobal Game Jamの会場募集はまもなく締め切られ,多くの国内会場は公式ウェブサイト(英語)とは別に事前登録が必要であり,申込方法が会場ごとに違うだけでなく,申込〆切や開会式の日時も会場ごとに異なっている.国内会場も多様で,札幌市産業振興センター で開催される札幌会場(対面定員120人)や八王子の東京工科大学会場(オンライン定員100人)といった大会場から,お寺の畳の間で開催される瀬戸内会場,薪ストーブ小屋で開催される奥多摩会場(すでに募集終了)など,規模や施設もさまざまで,さらに英語でも参加できる第二言語ありの会場もあれば,日本語のみの会場もある.対面参加とオンライン参加を選べる会場もあれば,対面参加のみの会場もある.興味のある方は,さまざまな会場の個性を調べてほしい. オンライン勉強会を企画しているコミュニティもある.たとえばGGJ瀬戸内会場in香川を開催予定の岡山Unity勉強会は,2023/01/21(土)にゆるもく勉強会を開催し,その中でGGJ勉強会も開催予定だ.(GGJ瀬戸内会場の昨年の勉強会の録画は公開されている.今年は質問への回答中心になる見込み.) (追記1) 1月19日(木)にも,IGDA日本でオンラインセミナー「Global Game Jam 2023 直前配信/日本全国の3D都市モデルを活用してゲームを作ろう!」が開催され,国土交通省が進める3D都市モデル「PLATEAU(プラトー)」のゲームエンジン利用についての講習が行われる. またIGDA日本では,ボランティアスタッフ運営の日本語ウェブサイト,新年会(1/21) ,SNSハッシュタグ#GGJJPなどで情報共有を支援していく. (GGJ期間中にIGDA日本のSIG-地方創生セミナー(2/03) も開催されるが,GGJと勉強会との両立も不可能ではない.希望職種アンケートを実施して事前にチーム分けを決めるポリシーの会場であれば,夜から遅刻参加できる会場もある.) (追記2) 日本国内の会場がでそろったが,この他にも海外会場へオンライン参加する取り組みも行われており,たとえば京都コンピュータ学院専門学校では,学生が姉妹校のロチェスター大学のオンライン会場に登録している. 付論: ゲームジャム発の研究コミュニティ最後に,アカデミック・ブログの観点から,GGJ発の学術活動の話を. さらにGlobal Game Jamの研究者コミュニティが国際会議FDG2013で「Global Game Jam Workshop」を開催し,そこからうまれた国際会議ICGJが継続して開催されることで,GGJはゲームジャムのアカデミックな議論もリードしてきた. そうしたGGJ/ICGJの研究コミュニティがGGJ直前に入門書を出版した: Game Jams ? History, Technology, and Organisation(2023).序文と後書きのPDFファイルは無料でダウンロードできる.謝辞には日本人の名前もあがっており,地域コーディネーターをつとめてきた九州大学の金子氏(Kosuke Kaneko)や研究活動をしてきたIGDA日本の山根(Shinji R. Yamane)の名前が載っていた(事前に本人への連絡が無かったので驚いた).ただし,貢献が掲載されたことを喜んでばかりもいられない.もしもゲームジャム研究に世代継承がなければ,個人が忙しくなったら途絶えてしまうだろう.パンデミック期間中に減少したゲームジャムでの人材育成や世代継承の機会を強化していくことが必要だろう. (山根信二) |
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2022-5-1 17:12 |
GDC22アカデミックレビュー: ゲーム開発者の過去と未来
アカデミック・ブログ主筆の山根です. 今年のGDC22は,3月にサンフランシスコ現地開催とオンラインでのバーチャル開催とのハイブリッド形式で開催されました.数百件のセッションの中でも話題を集めたものは,公式ウェブサイトで紹介されています(Part1, Part2).また日本国内でもツイートまとめが作られたり,今年は過去のGDC参加者が新たなメタバース系に注目したGDC報告会も開催されました.本稿ではこれらの範囲をすべてカバーすることはできないので,国際学会でもIT系カンファレンスでもない,GDCならではの発表という観点から2つのセッションを選んでみます. GDCでなければ体験できないものは,同業者との夜のパーティー,「当たり」の講演で高揚した雰囲気,西海岸文化など,いくつかあげることはできますが,今回は日本から遠隔参加した立場から,ゲーム開発者の「過去」と「未来」という2つの点で印象に残った2セッションを紹介します. 1: Experimental Gameplay Workshopの20年GDCの名物企画,「Experimental Gameplay Workshop」が20年を迎えました. IGDA日本でもGDCプレスリリースを紹介しましたが,実験的ゲームが展示されるEGWは「ゲーム開発者の仕事は新しいゲームをつくること」という点では,もっともゲーム開発者らしいセッションだと言えます.20周年ということで「過去のふりかえりがあるかも」と思いましたが,過去のゲームには用はないとばかりに未知のゲーム体験を求める例年どおりの2時間でした.(個人的には2Dガンカタが笑えました.) Experimental Gameplay Workshopは,ゲームスタディーズのフロントランナーであるJesper Juulの新著『Handmade Pixels』によって,インディーゲームの歴史的イベントとしての学術的評価が高まりましたが,かつて日本のゲームが海外の開発者や研究者に衝撃を与えた場でもあります.これはJuulも本の構成におさまらず言及していないので,日本とアメリカのゲーム開発の交流という視点も含めたExperimental Gameplay Workshopの20年について,今月のIGDA日本のライトニングトークで報告しました. 2: GDC22でのゲーム開発者の新たな挑戦20年の歴史の話の次は,未来についての話です.GDCを特別なものにしていると個人的に感じているのは,「この時代にこの社会でゲーム開発者は何をすべきか」と開発者自身が問うセッションがあることです.これこそがGDCをその他の大規模な勉強会と区別しているところではないかと思います. 歴史を遡ると,ゲーム開発者はゲームの暴力問題,ゲームの依存症問題で社会的に批判され,それに対して活動を起こしてきましたが,GDCがそのインキュベーター役を果たしています.たとえば1990年代にゲームが暴力の原因であるとしてゲーム開発者が反論の機会を得られずに攻撃されていた状況に対して,アーネスト・アダムズ(著書邦訳あり)がIGDAを立ち上げましたが,その呼びかけの場になったのが,クリス・クロフォードが自宅で開いていたComputer Game Developers' Conference(のちのGDC)です(これについては,IGDA日本のウェブサイトに掲載されている IGDA20周年記念講演 in GDCに詳しい).また,WHOがICD-11でgaming disorderを分類したときに多くの心理学者がGDCに招かれるとともにゲーム開発者は何をすべきか,というセッションが開催され,それらのGDC講演は次々とYouTubeで公開されたことで大いに参考になりました.その直後の2020年の香川県条例の際に香川でゲームジャムを開催しましたが,その直前記事はGDCの資料を解説したようなものです.そしてGDC22では,パンデミック後の開発者について開発者自身が自らの未来について語るセッションが開催されました. ゲーム開発者の今後を語るセッションとして注目したのが,GDC22で最大の人数が収容できるメインステージで開かれた「開発者たちのルネサンス」(The Developer's Renaissance)です.パンデミックによってゲーム開発者がどのように変化し,新しい一歩を踏み出したのかを3人がオムニバス形式で発表するセッションで,週休3日制や社内の障害者やマイノリティ,社会起業やゲームジャムなど幅広い内容を扱うこのセッションは,4月にYouTubeでも公開されました. このセッションについては,長いGDC取材歴を誇る奥谷海人氏がわかりやすいレポートを書いています(「GDC 2022で見えてきた,“現実”と直面するゲームデベロッパ」).「どうやってコロナ禍以前に復旧するか」ではなく「コロナ禍を乗り越えてこれからどうルネサンス(新生)するか」という未来志向に刺激を受けました.そして3人の登壇者の中でもとりわけ大きな転身をとげてきたのが,上記YouTubeビデオの42:30からはじまる最後の登壇者,Mike Wilsonです.こちらの講演も奥谷海人氏が(ジョン・ロメロの過去の講演も参照しつつ)力強い記事「Devolver Digitalの設立者,マイク・ウィルソン氏の縦横無尽な経歴。そしてメンタルヘルス問題に取り組む新たな試みとは」を書いている.この記事にも出てくるように,マイク・ウィルソンはid software, Devolver, Take Thisとゲーム業界を変える新組織に関わってきた(Develverには面白い目利きのエピソードが多いですが,日本でも学生が作ったDownwellのプロトタイプ動画をTwitterで見かけて契約したという目利きで有名です.またTakeThisについては,本ブログの「パンデミック下の不安に応えるゲーム専門家 」でも紹介しています). そしてマイク・ウィルソンの講演の最後にゲームジャムシーンともコラボするメンタルヘルスゲームジャムについて発表がありました.「これまでにも賞金が出るシリアスゲームのゲームジャムはあったけど,何が違うの?」と思われるかもしれない.また「すでに長期間の実験を行って認可を受けたゲームが医療現場で使われているのに,素人が短期間で健康ゲームを作るのに意味があるの?」と疑問に思われるかもしれない.もちろん賞金もでますが,このゲームジャムの目的は単に健康ゲームを増やすだけではありません.実はメンタルヘルスゲームジャムのプランには,産業界のリーダーとの交流や,パンデミック後のメンタルヘルスについて表立って語れない社会的風潮に一石を投じるようなゲームも含まれています.「ゲームで心身をよりよくしていこう」というメッセージを発信し「大企業ではない少人数チームが成功できる」と目利きのDevolver創業メンバーと世界を変えたGlobal Game Jamが言うのだから説得力があります. 新会社DeepWell Digital Therapeutics (DTx) のプロモーションビデオ.産業界のベテラン・脳神経科学の博士人材ら参加メンバーの抱負に加えて,最後にI can't wait to tell the world that games are good for youでしめくくる. いよいよメンタルヘルスゲームジャム開幕
こうしてGDCメインステージで発表されたメンタルヘルスゲームジャムはメイデイ(5月1日)から5月22日まで開催されるオンラインのゲームジャムで,メンタルヘルスに限らずフィジカルでも健康に働きかけるゲームを開発します.そして欧米時間の5月1日(日本時間の5月2日月曜日 まとめ: ゲームは現実をよい方向に変えることができる本記事ではGDC22で個人的に印象に残ったセッションから,過去と未来の展望を紹介しました.GDCには独自の文化があり,最先端の研究開発動向はトップスクールで学ぶことができたとしても,それでGDCに参加する価値が減ることはありません.そしてゲーム開発者の未来について考えたり,開発者の挑戦を知ることができるのは類似のテックカンファレンスには見られない特徴だと思います. アーネスト・アダムズは,上記のGDC講演の中で,社会的パニックによって世界各国のゲーム開発者が攻撃される未来を予想しました.そしてそれと同時に,米国の経験を生かした開発者コミュニティによって世界各地で開発者を守る活動が進むとも考えていました.日本から見てもこの予想は外れていません. 日本でも,この2年でパンデミックによる不安を煽る報道が増えました.「パンデミックで生徒のパソコン利用時間が増えて依存症につながるおそれがある」とか(eラーニングを活用する学校へ圧力がかかった),「ゲームは麻薬と同じである」という中国共産党の公式見解を日本の国立機関や公共放送も批判を省略して一方的に紹介しています.こうした状況でオンライン参加したGDC22は,ゲームは人に力を与え社会を変える力があること,それは少人数チームでもできることだという心強いメッセージが残りました. |
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2021-6-30 3:45 |
書評『ゲームエンジンアーキテクチャ 第3版』
幹事の山根がIGDA日本のウェブサイトに「書評『ゲームエンジンアーキテクチャ 第3版』: 待望の日本語訳がひらく次世代ゲーム開発」を掲載しました.ベテラン開発者が実務家教員として大学で教えることで作られた本書は,実務家教員の役割と意義がわかる一冊です.
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2021-6-9 3:58 |
GDC15 アカデミック・プレビュー
世界最大のゲーム開発者の国際会議,GDC(Game Developers Conference)が今年は3月第1週に開催される. 我々IGDA日本も告知協力を行っており,さらに本記事ではアカデミック関係(教育・研究)の観点からプログラムを紹介したい.産学交流の場としてGDCはゲーム産業における産学連携の場として重要な役割を果たしてきた.特にGDC2002で開かれた「IGDA Academic Summit」はその後のIGDAカリキュラムフレームワークやEducation SIGの立ち上げだけでなく,IGDA日本の立ち上げに大きな影響を与えている(新清士「ゲーム産業と学術研究機関の関係」参照).その後,ヨーロッパ発祥のDiGRA世界大会, 小規模会場での開催にこだわるGDCSE(のちのFDG),あるいは人工知能のAIIDEやSIGGRAPHのように分科会から発展した専門性の高い国際会議など,特色ある 学術会議の種類も増えてきた.GDCはそれらの国際学会のように専門家が最先端の発表を競う場ではないが,その一方で,それらの専門分野ごとの集まりでは出会えない業界を越えた交流の場所としてGDCは機能している. GDC Education Summitアカデミック関係者の中でも教育関係者がまず参加すべきなのが,前半のGDC Education Summit. このGDC Education SummitはGDC2013からはじまったゲーム教育・人材育成に関する集中セッションである.HigherEdGamesこのサミットはIndependent Games Summitと重なっていてどのセッションをとるか悩むのだが,まず初日夕方の「HigherEdGames」セッションに注目.これはアメリカ初のゲーム教育に関する高等教育機関の全国組織であるHigher Education Video Game Allianceのたちあげに関するセッションだ.この組織は業界団体ESAが出資しているが,役員に産業界の人材は入っておらず,大学(または大学院)でゲーム開発やゲーム研究を推進する現役大学教授によって構成されている.たとえば Journeyの開発者が最大の謝辞を捧げるトレーシー・フラートン教授,オバマ政権のスタッフをつとめたコンスタンティン・スタインクラー准教授,デジタルシティ京都などに参加し米国外の研究シーンにも詳しいキャサリン・イズビスタ准教授など実績ある現役教授が並んでいる.その一方で,一般会員は日本の学校関係者でも参加できる.ゲーム教育者によるゲーム教育者の組織だ. これまで全米でどれだけのゲーム開発者教育・ゲームデザイン教育が行われているのかという規模ははっきりしておらず,業界団体ESAが全米の学校ウェブサイトを調べた調査集計しかデータがなかった.だがこうして全国組織ができたことでGDCでもそのくわしいデータが発表される予定だ.これにより,北米の学生はゲームをどの専攻で何年かけて学ぶのかをさらに深く考えることができるだろう. また,この機関は教育機関の相互交流を促進するだけでなく,首都ワシントンでゲーム研究をプロモーションする団体としての性格も持っている.たとえば昨年,アイビーリーグのエール大学で若者の薬物乱用を防止するためのゲームが開発された.この記者発表の末尾で,くわしい情報の参照先としてエール大学の開発チームのウェブサイトと並んで,HigherEdGamesのウェブサイトが掲載されている.このように,ゲーム研究機関の最新動向マスコミに提供する取材窓口としても活動をはじめている. このHigherEdGamesの役員はEducation Summitのスタッフとも一部重複しているため,夕方のサミット終了後にそのまま移動してレセプションに参加でき,インフォーマルな学術交流が進められる予定だ. 受講者数万人のゲーム学講義月曜日午前中の注目は「Encouraging Engagement in Large and Extra, Extra Large Courses」(超大規模科目での参加意欲を高める).これはカナダのアルバータ大学が,地元企業Biowareと協力して受講者が数万人のゲーム教育を行った報告である.これはインターネットを使った大規模公開オンライン講座(MOOC:Massive Open Online Course)で,この科目を含むアルバータ大学のゲーム教育については,昨年の記事「大学講義のオープン化とゲーム開発者教育」でも紹介している.この手のオンライン授業ではゲーム関連の科目で修了証がもらえるプログラムはドル箱になっているが,受講者のやる気を一学期間維持するのが難しい.そのあたりの仕組みを聞いてみたい. 産官学の国際連携報告次はSummit2日目の「How a Group of Academics Came Together to Improve Ireland's Institutions and Industry」(アカデミックグループがどうやってアイルランドの教育機関と産業に貢献したか).これは米国がアカデミックなゲーム開発者を海外に長期間送りこんだ報告だ.発表者は,ブレンダ・ロメロ.本ブログでは,過去にGlobal Game Jam 2012の基調講演で,パートナーのレジェンド開発者,ジョン・ロメロと並んで登場している. 彼女は自らのルーツであるアイルランドについて学べるボードゲームを作ったことがある.この経緯はTEDxPhoenixで日本語訳も紹介されているが,この当時は家族内でのゲーム開発に止まっていた.だがその後,政府にコネもないゲーム開発者にアイルランドとの国際交流の白羽の矢が立つことになる. 米国のフルブライト財団はアカデミックなリーダーを海外から招いたり,海外に派遣したりする交流事業をすすめている.その中で,ブレンダが採択されたのは,米国の専門家を海外に最大6週間派遣するFulbright Specialist Programである.このプログラムにアカデミックなゲーム開発者が採用されたということは,米国がこの研究領域での国際的なリーダーシップをとる姿勢を示している. このフルブライトの制度でアイルランドに長期滞在した彼女は,政府団とともにアイルランドの産業界や大学の指導者と面会し,特にアイルランド各地の大学院のカリキュラムについて助言を行っている.今回のGDCでの発表では大学4年間の教育だけでなく,さらに先の大学院レベルへの取り組みが報告されること期待している. ちなみに,上記アイルランド政府の広報写真でブレンダと一緒に大臣を囲んで写っているが,ジョン・ロメロ.実は彼も「第2のハネムーン」として仕事を休んでブレンダの長期滞在に同行していた.豪華すぎる付き添い人である. この他にもEducation Summitでは,ビデオゲーム博物館をつかった授業実践報告,オーディオデザイン教育報告など日本ではまだまだ足りない教育実践についても多くの報告が登場する. eSportsサミットEducation Summit以外にも注目すべきサミットは多く,Ingress報告やZyngaポストモーテムがあるナラティブサミットなども興味深いが,企業では(利益を生まないので)できないアカデミックな研究者ならではの発表として興味深いのは,eスポーツ社会学だ.eSportsサミットのセッションの一つ「Carrying Through College: The Current Climate of Collegiate eSports」(大学でのeスポーツの現状)は,大学院の学生が行った大学eスポーツ調査についての最新報告が行われる.共同発表者として,プロゲーマー研究書を出版したゲーム社会学の第一人者,TL Taylorが指導教官として名を連ねている.(彼女はヨーロッパで博士号をとったあとアメリカに移り,いまはMITの比較メディア研究の准教授とMITゲームラボの教員を兼務している.) 日本でも箱根駅伝に見られるように,大学の人気スポーツは社会的経済的な動員力を発揮している.アメリカのカレッジスポーツはさらに極端で,大学が自前のスタジアムを持ち,カレッジスポーツへの投資が巨額の収入を生んでいる.その結果,昨年2014年には「スポーツ奨学金を得ている学生選手は、連邦法で労働者と認められる」という判断まで出て,現在まで学生選手の労働環境についての議論が続いている. こうした学生スポーツは社会学や経済学の研究対象になりうるが,eスポーツの学生選手についてはこれまで調査が行われてこなかった.そのため,今回の大学院生による調査には初公開の知見が多く含まれている. 特に最近は,高校生ゲーマーを強化選手としてリクルートし,奨学金を出す大学が大々的に報道されたことで大学出身のプロゲーマーへの注目も集まっている.こうしたホットな研究に出会えるのもGDCの魅力だろう. 学生選手がプロリーグに参加するには大学を退学しなければならないのかという論争まで起こっており,この時期にeSportsサミットが開催されるのはよいタイミングだ. レギュラーセッション紹介サミットは同じ部屋で共通のテーマのセッションが続くが,レギュラーセッションでは多種多様で,セッションのたびに会場を移動することになる.以下では,その中から専門性は高くないが高等教育機関だけでなく社会的なインパクトが大きいセッションを紹介する.社会派セッション・ホワイトハウス報告GDCでは昨年に福島ゲームジャム報告を採用したように(CEDEC2014での事後報告報道),ゲーム開発者の社会参加に関する発表が毎年入っている.今年の社会派セッションの目玉は,「A View from the White House: Games Beyond Entertainment」(ホワイトハウスに入ってみた)だ.米国オバマ政権のゲーム開発の活用は目覚ましいものがあり,特に大物開発者がホワイトハウスのシニアアドバイザーに就任したことは本ブログでも報告した(「オバマ政権を支えるゲーム専門家」).そのゲーム開発者あがりの大統領アドバイザーによる報告である. 彼の仕事の中でも印象的だったのは,昨年2014年にホワイトハウスにトップスタジオとトップスクールの開発者を招いて行われたWhite House Education Game Jamだ. トップスタジオのエース級の開発者を収益の低い教育用ゲームや社外向け活動に参加させるのは企業経営にとっては損失になる.そのために,トップスタジオほどシリアスゲームの開発経験や子供のテストプレイにつきあった経験が浅く,教育用ゲームの担い手はインディーや大学が多かった. だが48時間のホワイトハウスゲームジャムではこれまで以上の開発者が参加できることが実証された. アカデミック系ラウンドテーブルセッションの中でも,講演形式ではなくラウンドテーブル形式で行われるものは,スライドもなく話題が次々に変わるために英語力がないと厳しい.だが,自分の専門の内容であればぜひ挑戦してほしい.またカンファレンスパスを持っていなくても安価な展示パスで参加できるものが多い.アカデミック系ラウンドテーブルには,ゲームAIやサウンドデザイン,あるいはGlobal Game Jamの会場運営者ラウンドテーブルといった専門ごとのラウンドテーブルがある. 今回のGDC2015では,IGDAのゲーム教育専門部会による「IGDA Game Education SIG Roundtable」に注目している. これはIGDA Curriculum Frameworkがリデザインに向けて新しいサイクルに入ったことをうけて開催されるもので,まずゲーム開発者が社会で活躍できるためにもつべきスキルの調査と分析がはじまっている.日本国内でも現役ゲーム開発者を呼ぶ学校は多いが,その多くは学生向けの講演だけで,複数年カリキュラムの設計に口を出せる例は極めて少ない.展示パスでも参加できるので,ぜひ現役開発者の声を聞きたい. (IGDA日本も国内の教育担当者からアドバイザーとして呼ばれることがあるため,アカデミックSIGからも参加します.) 参加したあとは情報交換GDCはあまりに多くのセッションがあるため,誰もその全貌を把握できない.そこで参加者同士の情報交換も重要となる. IGDA日本では,最終日に現地参加者交流会を開くほか,3月21日(土)にスクエニ本社でGDC2015報告会を開催する.(NVIDIAのGTC 2015にフル参加される方には厳しい日程になってしまったが,年度末の難しい時期のためご理解いただきたい.)また,IGDA日本のSIG(専門部会)独自の報告会も予定されている(本アカデミックSIGでは3月4月は学校関係者が多忙のため,SIG報告会は開催しません).さらに,過去には現地で知り合った学生有志により学生報告会も行われている.これらはGDCに行っていない人でも参加できる. 追記: 国内の学生も登壇学生といえば,GDC会場で行われるインディーゲーム開発者の祭典 Independent Games Festival (IGF) の学生部門で,東京藝術大学 (Tokyo University of the Arts)のOjiro Fumoto氏によるDownwell がファイナリストに選出された. IGF学生部門については過去に受賞者インタビューが国内でも報道されている(小野憲史「第7回インディペンデント・ゲーム・フェスティバル学生部門で最優秀賞を獲得したクリエイターとは? リチャード フラナガンさんインタビュー」)が,よい教育機関で学んでいることがうかがえる.これまで日本在住者が関わった多くのゲームがIGFにエントリーしたが,ファイナリストに選ばれるのは至難の技だった.とくに学生部門では,筆者が知る限り前例がない.それだけに,ゲーム専攻のない芸大の学生が選考を勝ち抜いたのは快挙である. 本記事ではGDCを交流と学びの場として紹介してきたが,このIGFや最終日の Game Career Seminar は学生が社会人とともに作品の評価をうける場所でもある. まとめ今年のGDC15は,アカデミック系でも教育面と研究面で興味深いセッションが予定されている.ゲーム教育のさらなる高度化という観点から見ると,全米組織の設立やIGDAカリキュラムフレームワークの改訂など,ゲーム教育の新たなサイクルのはじまりを告げている.教育以外のゲーム研究方面では,国際学会のようにゲームの最先端を競う研究成果が発表されるわけではないが,ゲーム社会学などでこれまでにない発表もみられる.またラウンドテーブルのような場も興味深い.これだけの多種多様な研究者と研究成果が一度に集まる場としてGDCは貴重だ. GDC公式サイトではすべてのセッションが検索できる.直前になって日時がかわったりするので,ぜひチェックしてほしい.2月25日(水) 米国西海岸時間23:59までにオンライン参加登録すると事前割引がある(CEDEC参加者やIGDA日本メンバーには割引情報も告知されている).
アカデミックブログ主筆 山根
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2021-4-4 17:14 |
ゲーミング障害の政治とゲーム開発者ができること
アカデミックSIG主筆の山根です.
本記事では,WHOでのゲーミング障害の扱いに対するゲーム学界の対応を説明し,ゲーム開発者が(パブリックコメント以外に)できることを考え,Global Game Jam瀬戸内会場in香川について説明します. さて香川といえば県の#ネット・ゲーム依存症対策条例が話題だが,その出しにつかわれたのが「ゲーム障害(ゲーミング障害)」という概念である.世界保健機構(WHO)のICD-11(追記: 「疾病及び関連保健問題の国際統計分類」(International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems) 第11版)で,「ゲーミング障害(gaming disorder)」の分類が追加されることが決定され,有効になる前から政治的関心を集めている.本記事ではゲーミング障害に関するゲーム研究・ゲーム分野での議論をまとめてみたい. ゲームと障害これまでゲームと「障害」(discorder)についての学会報告といえば,「ゲームで障害を治療できるか」というゲームを積極的に応用する取り組みが主流だった.たとえば心理学の定番教科書でも,「VRゲームはPTSD(心的外傷後ストレス障害)治療に使えるか」「ゲームは認知障害に対して有効か」といいったゲーム活用の知見を学生のうちから教えている. そこに登場した新たな概念が「ゲーミング障害」である.それまで存在しなかった障害の分類に対するゲーム開発者・ゲーム研究者の対応はどうだったか.まず本ブログの親団体であるIGDA(アメリカに本部を置く国際ゲーム開発者協会)の対応は,ゲーミング障害はファクト(科学的に検証された根拠)に基づいていない」「米国医師会や米国精神医学会ではそのような議論は行われていない」というもので,アカデミック的な議論にもとづく意思決定を求めるものだった.もちろんゲームによって依存が生まれることは認めており,IGDAの元チェアマンが書いた教科書『ゲームデザインバイブル』では,ゲームに依存性があること,ゲームデザイナの社会的責任に関する章があり,ゲームデザイン書籍のベストセラーである本書で多くの学生が学んでいる.(追記: その一方で,倫理や社会的責任を学べなかった上の世代のゲーム開発者の学びなおしも重要な課題である.GDCでは倫理や社会問題についての講演が設けられるようになったが,国内ではようやく教科書が翻訳されたところだ.) このようにゲーム開発者コミュニティはWHOでは科学的な検証が不十分な現状で分類を行うことに反対していたが,専門家の議論はまとまらなかった.英国の心理学者はこう解説している. 「アカデミアの意見はふたつに大きく割れた。ゲーミングが原因で問題を抱えている人々に客観的なラベルが貼られたことで、そうした人々が必要に応じて適切な治療を受けられるようになったと主張する研究者もいる。その一方で、ゲーム依存に対する科学的証拠がまだ十分ではないと主張する研究者もいる」そして記事の最後にあるように「人々の尊敬を集める立場である人々も、公共の場でゲームについて語る際はもっと筋の通った慎重なアプローチをする必要がある」,つまり政治家やマスメディアがゲームについての扇情的な発言をする前に,今まで以上にファクトチェックをすることが求められるだろう. 日本が果たすべき役割ところで,ゲーミング障害の国際疾病分類への追加に最大の責任を負っているのは日本である.国立病院機構久里浜医療センター(以下,久里浜と略記)は,ゲーミング障害に唯一明確な支持をしたのが日本政府だったと述べている.これをそのまま受け取れば,ゲームの長時間プレーで死者が出た韓国・中国のWHO代表ですらゲーミング障害分類を積極的に支持しなかった.その案を日本代表が強く推進したことから,日本代表は世界のどの国とも違う独自の意思決定・リスク評価をしていたことがわかる.これは日本のゲーム教育にも問題がある.上述したように海外の心理学やゲーム開発の教科書では,シリアスゲームを開発したりeスポーツを活用した治療への取り組みがみられるが,国内教科書にはほとんど見られない.また久里浜は「病名がなければ、研究費も受けられない」と研究の必要性を訴え,その主張に沿ってWHOでの決定後,日本はゲーミング障害についてのファクトを集める研究に予算を投じられることとなった.ゲーム障害の国際疾病分類入りを推進した日本こそファクトにもとづく学術論文を発表して世界に対する責任を果たすことが求められるだろう. ゲーム研究者の声明先にWHOでは「アカデミアの意見は大きく割れた」とのべたが,ゲーム研究,すなわち大学でゲームを学問として教える研究者たちは別で,積極的な声明を出している.本ブログでも活動を紹介しているHEVGA(全米ビデオゲーム高等教育機関連合)は声明を発表し,ゲームの教育利用の著作で知られる藤本氏がその重要性から私家版日本語訳を公開している.また,各団体の代表が公の場で発言している(これについては後でまとめる).あるいはゲーミング障害の理解のされ方を理解すべく,昨年京都で開催されたDiGRA2019では専門家のゲーミング障害の分析についてのメタ分析も発表された.この声明だけではわかりくいが,多くのゲーム研究者はゲーミング障害がゲーム規制の口実に使われるだろうと(過去の焚書の事例から)予想し発言してきた.その中でもっとも注目を集めたのが昨年3月のGame Developers Conference(GDC19)で開催されたパネルセッション'How to Talk About Games Today'「いまゲームについてどのように語るべきか」だ.過去に本ブログの2019年プレビュー記事でも言及したが,このセッションの動画と資料が公開されたのでくわしく紹介しよう. GDC19でのパネルディスカッション世界最大のゲーム開発者会議GDCには各地の名物教授も集まる.GDC19のパネルディスカッションもゲーム研究組織の世界的なリーダーたちが名を連ねた.
さらに,リンク付きで参考資料もウェブ公開されている.この公開ページの題名が「Under Fire: How to Publicly Discuss & Promote Game(我々は攻撃を受けている: ゲームの公開議論と宣伝のハウツー)」というふざけた題名になっているが,内容は落ち着いている.以下,簡単に紹介しよう. パネルの構成はHEVGA声明とほぼ同じだ.その基本的な姿勢は,感情的な扇動に対して学術的な立場から対応するというものだ.そのために,過去の焚書の何が問題だったのか?なぜゲームについて相反する研究結果が出て,専門家の統一見解が得られないのか?ゲームは治療へ応用できるのか?といった,そもそもの背景となる知識や論文が提供される. 以下,パネリストごとに一言でまとめてみる. ・Andrew Phelps「はじめに」(YouTube動画 -04:22) ここではメンバーの紹介そして近年のゲームの議論の背景を説明するという趣旨が説明される. ・Lindsay Grace「モラルパニックと誤解」(04:30-13:18) 過去の焚書の歴史からの教訓を得る.日曜日のスポーツのすすめ焚書! コミック焚書! テレビ依存症の恐怖! TRPGで非行に走る若者たち!(単発事例をあげるのではなく,当時の社会関係を分析した論文を紹介しています) ・Mia Consalvo「ゲームと暴力に関するリサーチメソッド」(13:40-25:25) ゲームと暴力との関係を示そうとする研究はどうやって進められてきたのか. ・Roger Altizer「ゲームはあなたによいものです」(25:55-37:45) ゲームを健康目的に積極的に活用する立場から. ・Andrew Phelps「まとめ: 我々は何をすべきか?」(38:00-1:00:00) ワシントンで政治家とミーティングした話,HEVGAのWHOへの声明について,ゲーム開発者はどうすべきか?,まとめ(47:50),Q&A(50:10-) これらの動画そして発表資料はどれも興味深いが,特にゲーム開発者にとっては,まとめでフェルプスが指摘している点が興味深い.「Beware of unpublished or ‘preliminary’ research or ‘sponsored’ studies」(学会論文になっていない研究,予備調査,スポンサーつきの研究には注意せよ,これはまさに論文化されていない商業出版物や予備調査に立脚した香川県条例にあてはまる)「Remember that you are an expert on the creation of games ?most people have no idea how games are planned, made, marketed, or sold」(みなさんがゲーム制作の専門家だということを忘れずに.ほとんどの市民はどうやってゲームが企画され,開発され,配布され,発売されているのかを知らないのです)ゲーム開発者はたんなる攻撃対象ではなく,社会が理解し始めている新しいメディアのエキスパートなのだ. GDC19に登場したオールスター教授陣は世界の研究者に号令をかける立場でもあり,日本のコミュニティとも無縁ではない.パネリストの多くは昨年DiGRA2019京都会議のゲーム教育ワークショップにも出席していたし,3月のGDC20でもLindsay Graceは再び登壇予定,また今年2020年8月24日に大阪で開催されるゲームジャムの国際会議でもLindsay Graceは運営委員に名を連ねている. Global Game Jam瀬戸内会場in香川がめざすもの募集したパブリックコメントをなかったことにするわけはいかないので,県条例に対するパブリックコメントは大いに行いたい.(18歳以上であれば後述するGlobal Game Jamに参加すればゲーム事業者になってパブリックコメントを出せる.)GDC19パネルディスカッションまとめで示されたように,「ほとんどの市民はどうやってゲームが企画され,開発され,配布され,発売されているのかを知らない」という事態をゲーム開発者は変えることができる.今年度の文化功労者に宮本茂が選出されたが,その一方で ゲーム業界のイメージはどうか.ゲーム業界は子供を中毒状態にしては金や時間を奪う麻薬の売人だと思われているかもしれない.若者をバクチ漬けにして借金地獄に沈める時代劇にでてくる賭場の胴元だと(いまどき)思われているかもしれない(追記: 語句修正).日本の教育政策を失敗させ子供を凶暴化させる反社会集団と思われているかもしれない.あるいはドーパミンを出させて日本人の脳をウニにしようとする悪の組織だと思われているかもしれない.こうしたゲーム開発者のイメージまではパブリックコメントでは変えることができないが,ゲームは特殊な存在ではないこと,学ぶ場があれば誰でもゲーム開発者になれるという理解をひろめることは有効だろう. そこで,今週末(1/31-2/02)に開催される「Global Game Jam瀬戸内会場in香川」(日本語・英語公式ページ,日本語参加申込ページ)では,開会式の当日まで参加者(および参加キャンセル待ち)を受け付けるとともに,「ゲームはこうして開発できる」「短時間でゲームを開発し,世界に配信できる」「誰でも,どこでもゲーム開発者ゲーム事業者になれる」ということを明らかにしたい.そのために,金曜日午後5時からの開会式,土曜日の日中,閉会式が行われる日曜日午後に県民の参観を受け入れ,ゲームを学問として教える大学教員(筆者:)が説明を行う.確実に説明を受けたい人は事前にイベントへの問い合わせボタンで希望時間を連絡先をいただければ用意します(なお駐車スペースに限りがあるので,タクシーまたは公共交通機関をご利用ください). ゲームジャムへの市民参加は特別なことではない.過去にもGlobal Game Jam会場を政治家が訪問することは多く,Global Game Jam 2011福岡会場では市長の単独訪問があった.またコペンハーゲン会場やエジプト会場では国をあげて巨大会場がつくられ,大臣の挨拶も行われている.さらに各自治体が開催するゲームジャムもある(岡山県高梁市のゲームジャム高梁では高梁市長・市議会長が開会式で挨拶を行なった). 香川のゲーム文化残念なことに,香川県条例案を受けて「香川には次世代産業は育たない」という風評被害も起きているが,どの自治体にも同じ議員立法の脆弱性を抱えており,香川県議会だけが特殊なのではない.実際,香川には根強いゲーム文化が存在する.中村光一を輩出したことは言うまでもなく,IEEE DIGITEL 2012 [第4回IEEEデジタルゲームと知的玩具による教育に関する国際会議] を香川大学が中心となって開催,ゲーム要素をとりいれてプログラミングコンテスト自由部門で三冠を受賞した香川高専詫間が讃岐ゲームジャムを開催してゲーム開発に取り組み,活躍できる人材を育成してきた.また「あそぶ!ゲーム展」の無料連続開催,ゲーム技術を活用するチームラボのインタラクティブアートの高松で継続開催するなど,香川では産官学民で数々のイベントが行われ活況を呈している.さらに今夏にゲームジャムの開催も準備中である.それらがひとつながりのゲーミング文化の一部だと認識されていなかっただけなのだ.ここでは香川のゲームシーンを再確認するとともにGGJを通じて「どんな人が」「どうやって」ゲームをつくっているのかという開発現場を理解する場を提供することで,ゲーム開発者だけができる地域貢献を実現したい.今年は日本国内だけでも25の会場でGlobal Game Jamが開催される.見学者が入れない会場も多いが,会場に行けない人はSNSでも情報発信しているのでチェックしてほしい. (追記1/30: 電子デバイス会場はコロナウイルス流行を考慮して中止され国内24会場に) |
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2020-11-20 10:03 |
ゲームナラティブ教育の過去・現在・未来
ゲームのナラティブ(物語)についての議論が盛りあがりを見せている(追記: ナラティブの元々の意味はストーリーテリングだが,実際には幅広い意味で使われている.松永「ゲーム研究と「ナラティブ」」参照).ただしバズワード化しているためにナラティブ論を敬遠している人も少なくないようだ.本記事ではゲーム教育の立場から,なぜナラティブ教育を避けて通れないのかを考えてみたい.
ナラティブは最近の流行ではないまず,ゲーム開発においてナラティブは最近の流行語ではない点を確認したい.オンラインで英語のGDD(ゲームデザインドキュメント)を検索してみると,ゲームデザインの説明でナラティブについて当たり前のように説明されている.つまりナラティブはゲーム研究者だけが使う学術用語でも最新作のゲームデザインでもなく,ゲーム開発で広く使われている一般用語である.そして,この用語がゲームの学校教育や社内研修で教えられるようになったのは最近のことではなく,10年ほど昔のことだ.ゲーム教育におるナラティブ重点化: 2008年本ブログの親団体であるIGDAは,ゲーム開発者の育成カリキュラムを集めて「IGDAカリキュラムフレームワーク」をまとめている.これは定期的に改訂されており,2008年に出たVersion3.2の日本語訳は「デジタルコンテンツ制作の先端技術応用に関する調査研究報告書」の付録として無料公開されている.このゲーム開発者が学ぶべき内容の中に,「ナラティブ」も記載されている.上記カリキュラムでナラティブ項目が含まれているのは,どんな職種のゲーム開発者も学んでおくべき「コア科目」の中の「批判的ゲーム研究」分野である.「コア科目」ということは,ようするにナラティブはゲーム開発者育成プログラムの必修範囲だと言うことになる. この「IGDAカリキュラムフレームワーク」は,ゲーム専攻のある学校で導入されているだけでなく,学校に通わずに自分で学ぶ社会人や学生にも読まれてきた.したがって,10年近く前から世界のゲーム開発者はナラティブについて学んできたと考えてよい.近年ナラティブが話題になっているのは,こうした学校教育でナラティブを習得した世代が第一線で活躍をはじめたこと,また他の要素が成熟期に入ったためにナラティブ要素でゲームの違いを見せやすくなったことがあげられる. 誰がナラティブを教えるのかでは,どうやってナラティブ(物語)を学べばいいのか.ゲームナラティブの教育はおおまかに第一世代と第二世代とに分けることができる.第一世代は物語学(ナラトロジー),つまり文学理論で学んだ世代.そして第二世代はゲーム研究成立以後の世代で,文学理論を経由せずにはじめからゲーム研究で学んだ世代である.第一世代の歴史は古く,ゲーム研究の最初期にさかのぼることができる.IGDA日本ではかつて学生ボランティアがゲーム研究初期の入門記事「Computer Game Research 101(コンピュータゲーム研究入門)」を翻訳公開したことがある(当時の記事のアーカイブ).この2004年の「コンピュータゲーム研究入門」の中にその後のナラティブ研究の先祖の文学研究が登場するので,以下に簡単にまとめてみる. まず,デジタルゲーム研究の最初期にAdventureやZorkなどのテキストアドベンチャーゲームに注目した文学研究者がいた.そして時代を経て同じ文学研究の関心から「インタラクティブフィクション」や「デジタルストーリーテリング」の研究が登場した.これらのポストモダン文学研究者によるゲーム研究は,ビデオゲームをアカデミックな研究対象として論じた最初の事例でもあった.つまり,ゲームナラティブ研究はアカデミックなゲーム研究のはじまりから存在していた古典的な問題である. 日本ではゲームのストーリーテリング論は単発の新書レベルに止まっていたが.英米では大学出版局からインタラクティブフィクション論やデジタルストーリーテリング論が出版され,それをもとに多くの大学教員が大学でゲームを論じるようになった.たとえば こうして物語論でゲームを語れるようになった一方で,文学研究とは異なるゲーム学を構想する学派も登場する.その筆頭がイェスパー・ユールで,彼の修士論文「A clash between game and narrative(ゲームと物語との衝突)」,そして博士論文「Half Real」はゲーム研究独自の可能性を検討したものだ.これが第二世代の幕開けとなる.こうしたゲーム研究シーンが日本に伝えられたのは国際会議DiGRA2007が東京で開催されたあたりで,当時の状況は『智場』2006年12月号に掲載された「[研究動向]──発展するゲーム学──」というインタビュー記事をオンラインでも読むことができる.第一世代はゲームをまず物語として(のみ)扱っていたが,第二世代以後の英語教科書では,物語はゲームの構成要素の一つとして教えられている. ここまで見てきたように,英語圏ではゲーム研究成立以前からゲームのナラティブについて議論されてきた.2008年版のIGDAカリキュラムフレームワークでナラティブが必修扱いになり,多くの学校がそれに対応できた背景にはこのような蓄積がある.それに対して日本では体系的なゲーム開発者教育が進まなかったために,ゲームのナラティブは2013年に出てきた最新のテーマであるかのように広まった側面がある. ゲームナラティブ教育の実際ではゲームのナラティブは学校現場でどのようにして教えられてきたのだろうか.先に述べたように,IGDAカリキュラムフレームワーク(2008年版)では,ナラティブは「批判的ゲーム研究」の課題の一つとして教えられている.この「批判的研究」とはゲームを真似るのではなくゲームについて批判的に思考することを学ぶものだ.これを全世界の教育機関に普及させるためにGDCは大きな役割を果たしている.それがIGDA Writers SIGと北米の有力大学そしてGDCとの連携により毎年開催されている学生ナラティブ分析コンテスト「GDC Game Narrative Review」だ(GDC2015でのプレスリリース発表).過去には受賞したナラティブ分析がGamasutraに掲載されたこともあるが,現在では優秀作は内容をポスター一枚にまとめてGDCで2日間展示発表したあと,分析ドキュメントと発表ポスターとがオンラインで公開されるようになった.こうして,夏休みの読書感想文コンクールのように,世界各地のゲームデザイン専攻の学生がGDCで発表することを目指して,授業の一環としてゲームナラティブ分析を競っている.このコンテストは各地のゲーム教育を統一する上で大きな役割を果たしてきた.過去の優秀作はウェブサイトからダウンロードして読んでみると,優秀作を参考にしながらいまやどの大学でも分析スタイルが統一化されている. 著者は大学の今年度授業で英語教科書を使ったゲームデザインの講義をしつつ(オンラインで学外から受講してくれたゲームデザイナのみなさんに感謝),ゼミでナラティブ分析の受賞作を読んでみたが,同年代による優秀作が公開されているのは非常に学習効果が高いと感じている. こうしてナラティブ分析のスキルが形式化されることでゲームナラティブはゲームデザイナの職人技から形式知へと変容した.そして高等教育の普及にともなって,ゲーム産業が発展途上の国やゲーム開発実績のない人でも使える概念になっている.(過去のGDCでは,ブラジルの学生による『侍道3』のナラティブ分析も採択されている.) ゲームナラティブ教育の今後「GDC Game Narrative Review」を授業に取り入れることでゲームのナラティブ教育は統一化されつつあるが,これにはある程度のバイアス(偏り)がでることも事実である.受賞作を読んでもう一つ気がつくことは,日本のゲームのナラティブ分析が例年のように受賞していることだ.ペルソナ4,ヴァンパイアセイヴァー,すばらしきこのせかい,ファイナルファンタジー,メタルギアなどジャンルも多岐に渡る.これは日本のゲームをとりあげたいという教育上のバイアスがある.たとえば教師の立場に立ったとしたら,授業の課題でプレイに時間がかかる超大作は敬遠したいし,批判的分析能力を養うためには(隙が無いタイトルよりも)長所短所をあげやすいタイトルを勧めたくなる.(たとえばGDC2015の受賞作にはGDCゲームオブザイヤーを受賞したThe Last of Usのポスター発表もあったが,長所だけが前面にでてしまっていた.)一方これに対して,「この作品にはこういう長所があるかわりにこんな短所もあり,それらの両方から学ぶことができる」といったJRPGの批判的分析の方が読み物としておもしろい.そして分析する学生にとっても,審査員の目にとまりやすい,競合しない作品を選ぼうというバイアスがあると考えられる. こうしたバイアスはあるにせよ,日本のゲームのナラティブ分析がGDCで例年選出されていることは注目に値する.いわば日本のゲームを解説できる英語ボランティア軍団を海外の大学が育成しているようなものであり,今後日本のゲームがナラティブ要素で付加価値をつけて世界に輸出できる可能性を示している.たとえば2014年アカデミック・レビュー(前編)で紹介したように,国内のゲームナラティブ研究者がIndieGoGoでナラティブ研究の資金を集めることに成功したのは,日本のゲームのナラティブへの海外の関心の高さを示している.エースコンバットとかメタルギアといった日本のゲームでのナラティブ研究が国際学会で採択を重ね,学会の外でも多くの人々に支援されたことは心強い. まとめ最後に本記事の内容をふりかえる.まずゲームならではのナラティブ論は近年の流行ではなく,前世紀のテキストアドベンチャーの頃から論じられている.最初の世代はゲームを文学理論で(のみ)分析しようとしたが,ゲーム学・ゲーム研究が成立してからはナラティブはゲームの要素の一つとして扱われるようになった.ゲームナラティブ教育の普及により,ゲームを真似るのではなく批判的に分析する教育が世界各地の教育機関で行われている.この題材として日本のゲームがしばしばとりあげられており,今後も日本のゲームのナラティブを分析することで次世代のゲーム開発者が腕を磨くことが期待される.また,国内大学院生が国際学会で活躍していることから,日本のゲームのナラティブは教科書レベルにとどまらず第一線の研究レベルでも有望な領域だと言える. 追記: GDC報告会 |
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2020-9-30 6:25 |
パンデミック下の不安に応えるゲーム専門家
ブログ主筆の山根です.
前記事「GGJ20以後のゲームジャムシーン 」では,大きなゲームジャムがオンラインに移行することで国境を超えたチーム開発経験を積めるようになったことに注目しました.ゲームジャムはこれからも貴重な開発体験を積む場所になるでしょう.その一方で,ゲーム開発以外の人たちにとってパンデミックはどのような変化をもたらしたのでしょうか? 本記事では,ゲーム開発者以外の動向に注目し,パンデミックに伴う外出禁止がゲームにもたらした変化をまとめます.
不安にこたえる専門家団体昨年にWHOがゲーミング障害を収載したことが報道され,診断が実施される前から「外出禁止中にゲームのやりすぎでゲーミング障害になるかもしれない」という不安を抱く機会が増えている.この不安に対して,どのようにプレイすればいいのかアドバイスすることが専門家に求められる. そこで北米の団体がいちはやく情報発信をはじめている.まず3月中旬にカナダ連邦のゲーム業界団体「ESA Canada」(日本のCESAに相当する)が,すべての親子がいっしょにビデオゲームをしようというメッセージを発信した.その後,WHOアンバサダーと北米のゲーム企業が「#PlayApartTogether」キャンペーンを実施,さらにWHOは5月にも体を動かすビデオゲームをしよう(#BeActive and stay #HealthyAtHome )キャンペーンを実施した.これらの組織キャンペーンでは,単にゲームのプレイ時間の量を制限するのではなく,プレイの内容(親子で遊ぶ,離れて遊ぶ,身体を動かす)を具体的に紹介しているのでわかりやすい.このようにゲームの遊び方を具体的に説明しているのは,ゲームの効果に関するリサーチをふまえていると考えられる.WHOが素早く対応した背景としては(1月に解説したように)実際はWHOはゲームの医療応用に取り組んでおり,むしろゲーミング障害はWHOのゲームへの取り組みの中でもっとも学術的知見が手薄な部分であり,こうしたゲーム活用こそ本来のWHOの本流の活動だとも言える.また,ESAのようなゲーム企業の業界団体だけでなく,民間の非営利団体もゲームに関する活発なオンライン活動をはじめた.この先駆けになったのは,Global Game Jam 2020の基調講演(日本語字幕あり)の先頭を切った非営利法人「Take This!」だろう.2020年1月のこの動画では心理学博士がゲームジャムを健康に過ごす方法について教えてくれる. この「Take This!」は,以前からゲームスタジオやゲーマーコミュニティにでかけてメンタルヘルス講習会を実施してきた.そしてパンデミックがはじまってからは,いろいろな団体と協力しながらオンライン活動を推進している. たとえば5月にはXBoxをスポンサーに獲得して,IGDAと共同でGame Development Crisis ConferenceをTwitch上で開催,さらに他のゲーム関連非営利団体と合同でStay in the Game Relief Fund共同募金キャンペーンを展開するなど,オンライン配信の規模を拡大している.このように,パンデミックの期間中,企業と比べて身軽な非営利団体が活発にオンライン配信を行い,ゲームで健康に生活するというメッセージを発信しはじめている.ゲームを医療活動に活用したり,eスポーツ選手のケアをしている専門家は日本にもいるが,個々の専門家が連携協力している北米の取り組みは参考になるだろう. だが,ここまでのアピールは,ゲームのポジティブな効用を活用するきっかけになるが,ゲーミング障害にならないためのアドバイスをしているわけではない.各家庭の保護者にとっては,外出禁止の期間中にゲームのやりすぎにならないかという不安は残るだろう.そうした不安にこたえるために,研究者による一般向け情報発信を次に紹介しよう. 疑問に答えるゲーム専門家研究機関に所属するゲーム研究者は,論文が主な発表手段で,メディアにはあまり登場しない.だがパンデミックによる不安にこたえようと専門家の著述活動が増えている.4月前半には英語ニュースサイト「The Conversation」がいちはやく専門家によるパンデミック下のゲーム活用法を掲載した.このニュースサイトは「執筆者を学者や研究者に限定し,わかりやすく編集し,タイムリーに発信する」新興メディアで,以前の解説記事でも紹介したHEVGAの会長であるAndy Phelpsが寄稿している.彼はHEVGAの役員とも相談して『どうぶつの森』からTwitch,健康の手引きまで網羅したパンデミック下のゲームの遊び方をまとめ「Gaming fosters social connection at a time of physical distance」(April 14, 2020)として掲載された.なお編集される前の原稿「Games in the Era of Social (Physical) Distancing and Global Pandemic」(Apr 14)も自身で公開している. Phelpsはさらに5月には職場同僚と共著で「Online plagues, protein folding and spotting fake news: what games can teach us during the coronavirus pandemic」を掲載し,FoldItプロジェクトなどのゲームの力をワクチン開発に使う取り組みも紹介している.ゲームについては子供の方がよく知っているという親世代も,これらの記事を読めば子供に幅広いゲームの可能性について教えられるだろう. 新興メディアだけでなく,大手メディアにも研究者が登場している.その先駆けとして心理学者のChris Fergusonをあげることができる.「Video Games and Gaming Culture (2016) に再録された論文90本にも収録されているゲームの心理学のリーダーだが,ゲーミング障害のICD--11への収載についても公開反対声明(2017),全米心理学会の部会声明(2018)を発表して反対の論陣を張ってきた.彼は過去にもTIME誌にParents, Calm Down About Infant Screen Time(「保護者は幼児の視聴時間について焦らないで」)を寄稿しているが,パンデミックの4月下旬にもTIME誌にもインタビューが掲載された.この記事では書き手に対して「何をやっているかチェックしている限り,ビデオゲームにこれ以上はダメだという時間制限基準はありません.とりわけいまは,ゲーム以外にすることがないでしょうから」と述べ,ゲーミング障害への不安と育児との板挟みになっている保護者へ「後ろめたく思うことはありません(Nothing to Feel Guilty About)」というメッセージを送っている. 4月下旬には日本国内でも専門家がメディアに出演し,パンデミック下でゲームを禁止するのではなく,どうやってうまく使うかを解説している.『NHKあさイチ』の「外出自粛 ゲームと上手につきあうには?」(4月27日)では『キラメイジャー』の紹介に続いて精神科医,eスポーツのDetonatioN Gamingや,多数の著書論文を書いている東京大学の藤本徹さんらが出演.ここでも親がゲームの効用を理解することの重要性が語られている. これまでマスメディアは繰り返しゲーム悪影響論を展開してきた.だが,パンデミックによる外出禁止によって,ゲームを活用する専門家の助言を発信するようになったと言えるだろう. 加熱するゲーム依存報道への警鐘: 7人中1人! 10人中3人!WHOでゲーミング障害がICD-11に収録掲載されたことによって,ゲーミング障害に関する研究もはじまっている.ゲームによるポジティブな影響は言うまでもないが,たしかにネガティブな影響も存在するだろう.それをゲーミング障害と呼ぶとして,では他の障害(オーバートレーニング,エクササイズ依存,薬物中毒...)に比べて,どれくらい深刻なのか,どれくらいの規模にひろがっているのだろうか.そして(一部の医者が主張するように)麻薬中毒と同じ脳内現象が本当に起こっているのだろうか.こうした未着手の問題は今後の調査によって得られたデータにもとづいた議論が進められていくだろう.この際に議論の的になるのが,実際に診断を受けたゲーミング障害についてのデータと,診断を受ける前のゲーミング障害と疑われる者のデータとの関係である.これについては,今年に入ってすでに2件の指摘がおこなわれている.まず2月6日に日本の厚労省主催「ゲーム依存症対策関係者連絡会議」の公開資料をもとに,木曽崇「厚労省研究班調査:国内中高生93万人にゲーム依存の疑い?!が報道される前に」がデータの扱い方について指摘している.幸いこの記事で危惧されたセンセーショナルな報道は出なかったが,それから2週間後の2月18日にはNHK「視点・論点」「深刻化する若者のゲーム依存とその対策」でネット依存が疑われる者の推計が93万人と注釈なしに報じられた.このNHK番組についてはデータの注釈を欠いているだけでなく,データのグラフ化における省略などについても指摘が行われており,学会発表したら指摘されるはずの欠陥がマスメディアで発表されていると言わざるをえない.学会で修正される前のセンセーショナルな数字だけが一人歩きすることが危惧される. センセーショナルな調査発表は日本だけではない.同じ2020年2月6日に「アフリカのゲーマーの30%がゲーム依存」という論文がScientific Reports誌に掲載された.(Scientific Reports誌はnature.comのサイトに掲載されるのでよくNature誌と間違えられるが,Natureの出版社による別基準のオープンアクセスジャーナルで基準は全く異なる.)だがこの論文はその後,4月17日にゲーム依存の研究者からの指摘,4月21日には別のブログでの指摘をあいついで受けて,実験内容および論文記述さらには研究予算の数々の疑惑の渦中にある.さらには著者の過去の論文データまで疑惑の目が向けられることになり,日本の研究者を含む過去の共著者が本当に実在しているのか立命館大学や総研大に問い合わせる事態にまで発展した.そしてついに4月23日にScientific Reports編集部が調査をはじめた旨が論文に追記(23 April 2020)された. グラフやデータ処理について学術的に厳密なチェックを受けないものが堂々と発表されてしまうのは残念である.だがそうした指摘が行われているということは,世界の専門家が調査データ分析に貢献したいと考えていることを浮き彫りにしている.ゲーミング障害についての公開データにもとづく議論が待たれている. まとめと今後の国内の課題本記事ではここまでパンデミック下での専門家による情報発信や組織を超えた協力を見てきた. そしてこれまでは「ゲームは1日1時間」といった根拠の薄弱な一律のゲームプレイ規制が変わり,「親子で遊ぶ」「離れて遊ぶ」「身体を動かす」「生活のバランスをとって遊ぶ」「区切りのいいところまで,休憩をはさんで」「ゲーム作品によって異なる魅力を知る」「生活にゲームをとりいれる」といったプレイヤーとプレイの質に即した具体的アドバイスに移りつつある.そのためにはゲームの内容を理解したアドバイザーが必要となる.ゲームを活用して健康的な生活を送るアドバイスは,これまでは業界団体による(特定のゲーム企業に偏らない)情報発信が行われてきた.しかし本記事で見たように,非営利団体や研究者団体,個人研究者による新しいアドバイスの形態が生まれている.日本でこれまでゲームの効用の情報発信において大きな役割を負ってきたゲーム業界団体CESAも,これまでの知見と実施対策を今後も啓発していきたいという姿勢だ.多くの国内学会が情報発信のリソースを持てない中で,CESAには実態把握できていることを徹底させたいという一貫した姿勢を見ることができる. その一方で,今後は新しい事態や不安に対応できる人材も必要になるだろう.北米での取り組みに見られるように,得られた知見を理解してもらう啓発活動だけでなく,これまでの知見を動員して新たな不安に対応するには研究者人材が必要になる.そして専門家の助言を流通させるチャンネルができれば,最新のゲームタイトルも含めた国際動向も社会にひろめることができるのではないか.本記事もそうした取り組みを試みていきたい. 追記(2020.07) 疑惑の論文撤回上記「アフリカのゲーマーの30%がゲーム依存」論文は本記事公開後に撤回されました (Scientific Reportsによる説明) .第3共著者に名を連ねてしまった研究者の説明もでました.コロナウィルスでの論文撤回があいついだために国内で注目されることはありませんでしたが,「新しい障害の第一人者になりたい」という研究者に対して,学会発表後のチェックが機能したということもできます.一方,日本のゲーム依存に関する調査は,そもそも国際論文誌に投稿したりデータを公開しておらず,報道発表しかありません.日本の議論も同様に,国際論文誌に投稿して世界の研究者のチェックを受けることを期待しています. |
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2020-6-4 2:41 |
GGJ20以後のゲームジャムシーン
ブログ主筆の山根です.この4月から東京国際工科専門職大学のデジタルエンタテインメント学科に移り,4月から授業スタートしましたがまだ学生とは直接会っていません.さて,本記事では1月末のGlobal Game Jam 2020 をふりかえるとともに,その後のゲームジャムシーンをまとめたいと思います.
GGJ20ふりかえり世界最大のゲームジャムイベント,Global Game Jam(以下GGJ)が今年2020年は1月31日金曜日から2月2日日曜日まで開催された.世界各地の会場で金土日の48時間で行われるGGJは,日本で最初に開催されたゲームジャムでもあり,多くの国内のゲームジャムのモデルにもなってきた.防疫に直面したGGJ会場GGJは年々大規模化している.本ブログでもGGJ2013の振り返りで,ゲーム開発者への支援が進む各国で数百人規模のメガ会場が生まれていることを報告した.その傾向は12年目のGGJ2020でも変わらず,世界の大都市では数百人単位の会場も開設された.しかし今年はそうした都市会場が,1月後半から新型コロナウィルスの蔓延に直面することになる. 日本国内の会場の中でも,秋葉原の電子デバイスGlobal Game Jam会場が参加者募集を停止し,閉鎖された.アジア・オセアニア地域のGlobal Game Jamで多くのゲーム開発者が参加したのは,1位が上海会場の377人,2位が香港会場の328人.3位がバンガロール,4位がメルボルン,5位がシンガポール.この中で,香港会場はいちはやく新型コロナウィルスに対応し,オンライン開催に切り替えながら世界全体でも8番目の参加者数を集めた.これは主催者の香港理工大学を中心としたスタッフの力が大きい.2ヶ月前にはデモ鎮圧のために封鎖されていた香港理工大学だが,日本の全会場を集めたよりも多くの参加者を集め,オンライン参加に切り替えて成功させたスタッフワークは見事というほかない.Global Game Jamは即席チームを組むところからはじめて作品の全世界公開と成果発表までを行うが,オンラインでもこうした短期チーム開発イベントができるということをいちはやく示したと言える.GGJの現状速報によれば,12年目のGGJ20は,48,700人以上のゲームジャム参加者が世界118カ国934会場に集まった. Global Game Jamの各地の様子は,毎年3月に開催されるゲーム開発者会議GDC(Game Developers Conference),そして同時開催されるゲームジャム国際学術会議ICGJ(International Conference on Game Jams, Hackathons and Game Creation Events)で報告されるのだが,残念ながら今年は新型コロナウィルスのためどちらも開催されず,グローバルな全貌がよくわかっていない. ICGJ2020は8月の大阪開催が決まったものの,やはり開催変更になり,大阪では開催せずオンライン発表になった.今年,GGJの成果を共有できる最大のイベントはここになりそうだ.6月1日までゲームジャム報告を受けつけているので,GGJの成果を発表したい人は(オンライン開催で旅費が不要なので)ぜひ英語報告を投稿してほしい.GGJ日本会場の動向GGJの日本の会場は今年も北海道から沖縄まで,新しい会場も加わって25会場で開催された(そのうち1つは上述したように閉鎖).昨年は札幌会場が100人を超えたが,今年はウィルスの影響か100人以上集まった会場はなかった.これらの日本会場関連のSNS動向は,「Global Game Jam 2020 日本語非公式まとめ」にまとめられているほか,参加者による国内会場報告も公開されている.大人から学生まで参加者の幅広さ,その土地その土地でのコミュニティを感じることができる. ゲームジャムの特色でもある「仕事ではできないような新しい挑戦」としては,アップデートされたばかりのOculus Quest でのハンドトラッキングに早速挑戦した六本木Code Chrysalis会場のYou are a tool VRが目についた. 日本の25会場の中には募集段階から特色ある会場も多く,シナリオライターと協力してノベルゲーム開発参加者を募集した(「どこでもいっしょ」20周年でもおなじみ)ビサイド立川会場,サウンドミニハッカソンによる「普通のゲームジャムではない」(『東京クロノス』でもおなじみ)MyDearest浅草橋会場,そして,香川県(「ネット・ゲーム依存症対策条例」でおなじみ)で初めてのGGJ会場である瀬戸内会場in香川もあった.筆者は前記事で書いたように香川に遠征して運営に当たっていたが,国内会場でも珍しいお寺でのゲームジャムで,ゲームを通して香川県民の方々の声に触れることができた.また終了後には,「ねとらぼ」による香川県議会事務局への質問で「香川県で行われるeスポーツイベントや、「Global Game Jam」などの教育イベントへの影響は想定していますか」という質問項目もあったように,県外からの注目も実感できた.こうした香川での収穫については別原稿で書きたいが,ゲームジャムに体現される「誰でも週末にゲーム開発者になれる」という現状認識を今後も広めていきたい. 新型肺炎下のゲームジャムシーンGGJが開催されたあと,世界的なパンデミックが発生する.いまふりかえると,GGJの秋葉原会場が開催を断念したり,香港会場がオンライン開催に切り替えたのは,その後のゲームジャムイベントの先駆けだった.本稿の後半は,こうしたゲームジャムシーンの展望についてまとめたい.Global Game Jamは,初期の頃からオンラインでの参加には反対しており,会場に集まっって即席チームをつくるをつくることにこだわってきた.しかし,GGJ20の香港会場のようなオンライン参加や,参加前のある程度の打ち合わせを認めざるをえないだろう.すでにGlobal Game JamのU18部門である「GGJ NEXT」が今年は2020年7月にすべてオンラインで開催されることがアナウンスされ,ゲームジャム開催者とDiscordで助言するメンターとを募集開始している.昨年のGGJ NEXTは日本国内では釧路高専と秋葉原の専門学校で開催されているが,今年はオンラインで行うために事前準備期間をとっている. 各地のゲームジャムも完全オンライン型が増えている.インディーゲーム配信サイトで,ゲームジャム開催スケジュールも運営するitch.ioがオンラインでのゲームジャム参加をアピールしている(itch.ioへの日本語参加案内はゲームジャム高梁2017資料を参照).こうして外出禁止期間でもゲーム開発に参加するためのハードルは低くなってきた. 連帯に向かうオンライン開発イベント本ブログの親元であるIGDA(ゲーム開発者の国際NPO)も,Global Game Jam以外のオンライン開発イベントに協力している.4月のニュースレターでは「#EUvsVirus Challenge」への参加呼びかけが行われた. これはEU(欧州委員会)が主催するハッカソンで,新型コロナウイルスがもたらすさまざまな課題への解決策を探るために欧州全土で1万人以上が参加した48時間のイベントだ.開発するのはゲームに限定されないアプリやサービスで,ゲームジャムと違って必ずしも完成を目指さないが,新型コロナウィルスによる外出禁止の間にオンライン開発をするのではなく,新型コロナウィルスによるさまざまな問題を解決するためにオンライン短期開発に取り組もうという機運も高まっている. この全欧州規模のオンライン短期開発イベントからは実際に優れたサービスが生まれ投資を受けようとする事例も生まれている.だが,イベントの効果はそれだけでない.異なる専門分野の人とチームを結成すること,国境を超えてアイデアを競いあうこと,そしてオンラインで企画からプロトタイプ提案までの経験を積むことで,週末の間にこれからの生活に必要な学びや失敗を得ることができる.日本語圏でもすでにいくつもオンラインでのゲームジャムが行われているが,そうしたイベントで「国境を超えて違う分野の人とチームを組む」経験を積んだ開発者人材が,これからの社会生活にその経験を生かしてほしいと願っている. Global Game Jamの新体制最後にGlobal Game Jamの運営陣の大きな交代について紹介する.Global Game Jamのトップであるディレクター職に前IGDAトップのKate Edwardsが就任したことは前年から報じられてきた.さらに今春には,GGJの立ち上げメンバーの退任が発表され,メディアでも報じられた.Global Game Jam発起人のIGDAのスーザン・ゴールド(日本でもCEDEC Award受賞,GGJの原型となったNordic Game Jam(BABA is Youなどを輩出)をIGDAコペンハーゲンやゲーム研究者のイェスパー・ユールたちとともにたちあげ,さらにGlobal Game Jamたちあげにも尽力したGorm Leiは.長年つとめてきたGGJでの役職から退くことになった.世界を変えた先駆者を送り出して,GGJは新世代に交代することになる. |
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2019-8-7 7:04 |
DiGRA2019 in 京都 勝手にプレビュー(中編)
前編の記事では、2019年8月6日から京都で開催されるDiGRA2019国際会議について、本体のセッション以外のワークショップをプレビューした.本記事では、後編としてその後に発表された情報を日本でゲームに関わる方々にお届けする.
前回記事からの変更点: ゲーム展とRPGサミットまず、前回予告されていたゲーム展 「Blank Archade」は開催延期となった.詳細は不明だが、DiGRA開催者内で準備が足りなかったのではないかという印象がある.前回追加されたプログラムもある.それが「RPG Summit」だ.これはJosé Zagalが最初に話すことからもわかるように、彼が中心となってつくられたRPG研究書『Role-Playing Game Studies: Transmedia Foundations』(2018)の出版を踏まえたものだ.本書はテーブルトークRPGからCRPG, JRPG, ライブアクションロールプレイング(LARP)まで様々なメディアにまたがるRPGを包括的にとらえた初の研究書で、DiGRAの学会名にもあるデジタルゲームの枠組みに収まらない広い分野にまたがっている.この国際執筆陣の一部がDiGRAに集結したわけだが、そもそもDiGRAはデジタルゲーム研究を扱う場でアナログゲームは主役ではない.そこで最近はじまったアナログゲームの論文誌 The Analog Game Studiesが場を仕切るかたちとなり、DiGRAの本体ではなく同時開催サミットという形で開催されている.こうした構成により、アナログゲームの発表もあるだけでなく、サミット終了後には1時間あまり英語RPGの試遊プレイの時間も設けられている. 大会発表から次に、大会の本体とも言える、査読を通過して採択された発表について紹介しよう.(ただし現時点ではまだ論文は配布されておらず、概要だけの速報である.)まずプログラムを見て印象的なのが、発表者が幅広く、特にアジアや旧共産圏からの発表が増えたことだ.世界各地の研究機関でデジタルゲーム研究者が増えるにつれて、従来のゲーム研究ではとらえられなかった領域にも脚光が当てられている.共産圏のゲーム産業についてはこれまでにもハンガリーの『Moleman4』やチェコの『Gaming the Iron Curtain』が目覚ましい成果をあげている.そしてDiGRA2019ではポーランドからの発表が2件ある.これまでポーランドのゲームシーンは断片的な情報しか伝わっておらず、『ウィッチャー』に代表される優秀なゲーム開発者がいるとか、Global Game Jamでアタリゲームを作ったとか、世界的なeスポーツ大会でアメリカからもeスポーツ 研究者を招いてディスカッションするなどeスポーツの地位が高いらしい、とかスラブゲームジャムを開催した(スラブ主義と関係あるのか?)とか全体像がわかりにくかったので個人的に注目している. またアジア圏の発表も印象的だ.台湾から発表3件、そして大規模デモに揺れる香港からはなんとのべ数十人が発表.それも特定校だけでなく、香港の研究者と中国本土やオーストラリアの研究者の共同研究まである.つまり香港からアジアオセアニアにかけて、大学や行政区域を超えた広域の研究者コミュニティができて世界レベルの発表を連発しているのだ.これは10年前には考えられなかった.これは香港の大学の人材戦略の成果だ.日本でもかつて香港の大学への人材流出が話題になったが、ゲーム研究でも香港の大学はイギリスの大学でゲーム博士号をとって国際会議の委員もやっている第一線の若手をリクルートした.彼女は着任していきなりChinese DiGRAをたちあげ(本ブログでも2017年に言及)、ゲーム研究のレベルをアジアトップレベルに引き上げることに成功した.もちろん最先端の若手研究者が国内学会のトップについただけで国内学会のレベルがあがるわけではない.彼女は学会活動だけでなくゲームジャムの伝道師でもあり、Global Game Jam香港会場をアジア随一、世界屈指の規模に成長させた.この本人による香港ゲームジャムシーンの発表は日本の研究者ができなかったことを考えるためにも見逃せない. こうしたアジアや旧共産圏などの地域からの発表が増えると、デジタルゲームはまさに世界共通の文化財で我々もその一部なのだということが実感でき、ビデオゲームはアメリカ発祥とか日本の誇る文化だとか考えることに困難さを覚える.DiGRA2019の発表のなかにも「我が国のゲーム史 」「国民(ぼくたち)のゲーム史」そのものを作る=問題化する発表もあり、我々のゲーム観そのものを問い直す機会になることを期待している. |
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2019-8-4 8:53 |
DiGRA2019 in 京都 勝手にプレビュー(後編)
IGDA日本アカデミック・ブログ主筆の山根です.外部の視点から見るDiGRA2019プレビューの最終回は、Ritsumeikan Game Weekと国際交流について紹介したい. ゲームウィークに向けていよいよDiGRA2019京都が来週にせまり各国のゲーム研究者が日本に向かっている.8月前半の猛暑の中の国際会議となってしまったが、会場校は夏コミなどの事例を参考にして、救急対応など万全の対応をお願いしたい(特にゲーム研究では北欧や南米の研究機関からの参加者も少なくないので).「京都が猛暑に襲われることはわかっていたのに、なぜこの時期にこの場所に?」と思われるかもしれない.それはDiGRA2019がRitsumeikan Game Weekの一つとして設定されたためだ.これはDiGRA2019の前後にIEEEの会議や日本のゲーム史の会議を繋いだものだ.(そして言うまでもなくその後には夏コミがある.)特に、2019 年8 ?10 ?(?)の展示は、国際会議の参加者だけでなく、一般にも公開される.国際会議DiGRAは単に学術的な議論をするだけでなく、会議室の外でも、その開催地のゲーム文化に触れる場が提供されてきた.たとえば過去のオランダ開催の時には夜になってゲーム研究者がDJをつとめるレイブ「DiGRAVE」が開かれたし、東京ではCEDEC2007と同時開催イベントにするだけでなくJAPAN国際コンテンツフェスティバル (CoFesta)の一環としてとしても位置づけられ、会場にはMIT Pressのゲーム研究書展示ブースの隣にCoFestaのブースが並んだ.またスコットランドではゲームの総合研究拠点がその規模の大きさによりヨーロッパ発祥のDiGRAとアメリカ発祥のFDGというゲーム研究の2大国際会議を同時開催したり、イギリス最大のインディーゲームフェスティバル「Dare ProtoPlay」に時期を合わせたりした.ようするに、期間中は都市をあげてゲーム研究者を歓迎するムードをつくりだしている.これを単独大学内で実現した立命館大学はすごい. ゲーム研究者との国際交流世界から集まったゲーム研究者との交流は楽しい.ゲーム研究における国際交流の重要性については、国内大会DiGRA Japan 2016の予稿集の企画セッション「ゲーム研究のトップ会議、国際学術出版への道」の渋谷による実体験を読むことができる. ただし、日本のゲームについては海外の研究者の方が詳しい場合があることに注意したい. DiGRA2019のプログラムを見ればわかるように、スペインの研究者がシェンムーの横須賀について発表するなど、日本製のゲームについて論文を書いて審査を通過している(そして日本に渡航する研究予算を獲得している)のは国内よりも海外の研究者の方なのだ.彼らは日本のゲームを研究する際も日本の研究を読まずに、海外の研究予算で日本に調査に来て研究成果をあげている. 国内のアカデミックリーダーの方々には、海外でゲーム研究者を育成し拡大している取り組みにも注目してほしい.アカデミック・ブログの2017年レビュー記事の中で、ゲーム専攻の大学ランキングが変動していることを指摘したが、そこで新設のゲーム教育機関として言及したマルタ大学やカリフォルニア大学アーバイン校からも早速DiGRA2019に発表に来ている.これは新設のゲーム教育機関がゲーム研究の成果もあげはじめたことを示しており、目が離せない. |
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2019-8-2 8:35 |
DiGRA2019 in 京都 勝手にプレビュー(前編)
DiGRAが再び日本で開催DiGRA(Digital GamesResearch Association)の世界大会「DiGRA2019」が今年2019年8月に京都で開催される.「今回はDiGRAの日本語ニュースが少ないなあ」と思われる方も多いかもしれない.たしかに初めてDiGRA世界大会が日本で開催された前回の2007年には日本語ウェブサイトをつくったり、非会員にも日本語ニュースレターを配ったり、CEDECと同時開催にして基調講演をCEDEC受講者特別価格で提供したりした.これは多くの国内関係者の尽力によって可能になった. たしかに当時の日本では、ゲーム研究の国際会議に世界の研究者が集まるというのは一般の常識を超えており、日本語での説明がないと意味不明だった.なにしろゲームを学術的に研究するということ自体が疑問視されていた時代である.ゲームを学術的に学び、英語論文を書いてゲーム研究者による査読を受け、ゲームの研究で博士号を授与される、という世界が存在することは国内の想像を超えていた.当時の対談記事「発展するゲーム学」はその様子を伝えている.(この記事には伝統的な大学をもとにしたヨーロッパ発祥のDiGRAとアメリカ発祥のゲーム開発者教育機関という二大勢力が説明されており、前者のDiGRA世界大会が今年で2度目の日本開催となり、後者はIGDA教育SIGがはじめたGDCの教育サミットや だが、2007年当時、世界大会の開催と日本国内のゲーム研究シーンの立ち上げという二重のミッションを遂行したことは、若手研究者を消耗させてしまった.それに比べて今回の開催スタッフは国際会議の中身に集中しているように見える.そこで当アカデミックブログとしては、運営スタッフでなくてもできるような、外野の立場からの英語プログラムのみどころの紹介をしていきたい. 勝手にプレビュー前編: 同時開催イベント紹介本記事は前編として、国際会議の本体ではなく、同時開催イベントを紹介する.ゲームキュレーターによるゲーム展 「Blank Archade」まず、ゲーム展示Blank Archade.これはDiGRA2007にはなかった、DiGRA2014からはじまったイベントだ.前回DiGRA2007では学生や研究者の実験作の展示をせず、学者の発表に特化していた.しかしゲーム研究コミュニティは年々拡大していき、美術館の学芸員に相当するゲームのキュレーターが研究コミュニティに加わる.さらにDiGRA2016 in Scotlandではヨーロッパ発祥のDiGRAと北米発祥のFDGが同時開催されるなど、DiGRAのコミュニティは10年前よりも拡大している.このBlank Archadeではキュレーターが図録を作るなど美術館の展示を意識した展示が行われ、ゲーム研究コミュニティの新境地を示している.大会前ワークショップから初日には外部団体が開催するワークショップの募集が行われ、多くの企画が予定されている.これらは本体の論文発表セッションのような査読プロセスは決まっておらず、扱える範囲が広く、参加者が作業したり講習会をしたり、テーマを決めてより集中的な議論を行うこともできる.DiGRA2019のワークショップで詳細が明らかになっているのは以下のとおり.1時間ゲームジャム「One Hour Game Jam & Bitsy Tutorial」ゲームジャム研究で博士号を取得し、エクストリーム系ゲームジャムや原住民ゲームジャム、ハードコアゲームジャマーなどゲームジャム研究をリードするFinnish Game JamのKultima女史らによるワークショップ. ゲーム教育の空間設計ワークショップ「Making Space for Inclusivity: Code/Spaces in Informal Games Education」学校の教室でゲームを教えるのではなく、誰もが参加できるゲーム教育の場をつくるためのグループディスカッション. ゲーム分析ワークショップ「Game Analysis Workshop」文学研究におけるサイバーテクスト理論で知られるEspen Aarsethらのワークショップ. 博士課程院生の手引き「“Ex-PhD-ition” ? Gameful Support for the PhD Student’s Journey」これは博士課程の院生や指導教員を対象としたセッションで、国際学会では、博士論文のトピックや研究の進め方、キャリアプランなどの助言をするとともに、旅費の支援までやっており、日本国内では得られない支援を受けることができる.たとえばACM Doctoral Symposium (Consortium) 参加のすすめ(2014)が参考になる. かつてDiGRA2007では筆者がユールとアドバイザーをつとめたが、こうしたトップレベルの支援には程遠かった.今回はトップレベルの若手博士人材育成に期待している. ゲーム教育ワークショップ「Teaching Games: Pedagogical Approaches」提案者が世界のゲーム教育機関のトップ揃いで、これだけで国際会議ができそうだが、これは米のゲーム教育機関が加盟するHEVGA(全米ビデオゲーム高等教育連合)が主催するワークショップなので、HEVGA役員が名を連ねている.なのでこのゲーム教育機関オールスターがDiGRAに結集するわけではないと思う. 位置情報ゲーム研究ワークショップ「The Future of Location-based Gaming Research workshop」これはゲーム研究の中でも特に位置情報ゲームの研究について集中的に議論するワークショップだ.企画提案は、フィンランドの研究拠点CoE (The Centre of Excellence in Game Culture Studies)に所属するタンペレ大学の研究者グループと、日本各地の研究者グループ.日本の研究コミュニティが企画提案に関わるようになったのは前回からの大きな進歩だ. ダイバーシティ(多様性)ワークショップ「Diversity Workshop: Social Justice Tactics in Today's LudoMix」こちらも各地域の研究者によるワークショップ.なぜダイバーシティをゲーム研究で扱うのか、という点が日本の文脈ではわかりにくいかもしれない.この背景には前回のDiGRA日本開催のあとで起こった事件により、ゲーム研究シーンが差別問題やオンラインハラスメント問題の最前線になり、ゲーム研究者の誰もが差別問題に無関心ではいられない状況がある. ゲーマーゲート事件(日本語記事参照)でラディカルフェミニズムがネットで誹謗中傷にさらされ、DiGRAもラディカルフェミニズムの論文を出版している、ラディカルフェミニズムに支配された陰謀集団だという非難にさらされた.この結果、DiGRAはゲーマーゲートに対抗する学会声明を出している.また、大会にはInclusivity Policyを掲げ、人種差別、性差別、同性愛差別と対決する姿勢を示してきた. Twitchでの教育実践ワークショップ「Teaching with Twitch: A Practical Workshop」Twitch.tvはGDCなど各種会議でスポンサーセッションを開催してが、DiGRAにも登場. ゲーム研究の中でもオーディエンス研究は増えており、Watch Me Playのような研究書も出版されているのでTwitchを学校で使おうというのは効果的な企業活動だ. ゲームにおける廃墟ワークショップ「Ruins in Digital Games」参加者募集にわざわざHaikyoという和製英語を使っている、日本開催を意識した?ワークショップ. メディアミックスとフランチャイズ理論「Between Media Mix and Franchising Theory: A Workshop on the Theoretical Worlds of Transmedia Production」DiGRA2019では大塚英志のメディアミックスの基調講演が予定されている.それに合わせて、日本におけるキャラクターのフランチャイズビジネスについて邦訳もあるマーク・スタインバーグらが企画するワークショップ. メタファーベースのキャラクターデザイン「Metaphor-based Character Design」シリアスゲームのデザインを含む個人提案ワークショップ. ゲーム研究におけるメタデータ「Metadata in Game Studies: what it is, what we can do with it, and why it matters」大学図書館の専門家(ライブラリアン)が組織するワークショップ.オーガナイザーには日本の研究者も参加. IGDAビデオゲーム教育カリキュラムラウンドテーブル「The IGDA Building Blocks of a Video Game Curriculum」かつてIGDAの教育部会(Education SIG)はGDCやSIGGRAPHでワークショップを開催し、さまざまなゲーム開発者教育を収集し位置づけたカリキュラム・フレームワークを発表した.IGDAカリキュラムフレームワーク2008の日本語訳はIGDA日本ウェブサイトのトップページからもリンクされている.それから10年たち、ふたたびGDCなどでカリキュラムフレームワーク見直しのラウンドテーブルが開催されているが、DiGRAでも開催されることになった. 人種・ジェンダー・クィアネスで遊ぶシリアスゲーム開発ワークショップ「Playing (with) Race, Gender, and Queerness: A Serious Game Development Workshop」DiGRAがポリシーとして人種差別・性差別・同性愛差別に反対していることは先に述べたが、研究ではなくシリアスゲーム開発でそれを考えるのがゲーム研究の学会らしい. 日本語トラック 「Japanese Track」DiGRA Japan(日本デジタルゲーム学会)が企画する日本語発表セッション.国際学会のみどころここまでDiGRA2019のワークショップなど同時開催イベントを簡単に紹介してきたた.国際学会の世界大会では、国際学会だけでなく外部団体の同時開催イベントだけでも幅広い活動を体験できる.これからさらに発表される学会情報に注目したい. |
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2019-6-5 17:01 |
2019年プレビュー後編: 誰が教育者を教育するのか
新たな動向: 存在意義を発信する教育機関ブログ主筆の山根です.前回の前編記事では、2000年代にデジタルゲームが学問の対象となり、一部の先進校だけでなく国際学会をあげて整備されてきた歩みを紹介しました.こうしてゲームが人生をかけて学ぶに値する学問になって、ゲーム開発者教育はこの先どこに向かうのでしょうか.まず考えられるのは、本ブログでもたびたび紹介してきたように、各国でゲーム研究を看板にした大学・大学院の競争が活発になる.この競争にもいろいろな評価基準があり、どれだけ人材育成予算を獲得したか(たとえば2019年2月、イギリスでは新たに60人のゲームAIの博士課程の大学院生を雇用すると発表した)、どれだけ大きな研究拠点を作ったか(フィンランドでは公立のCoE (The Centre of Excellence in Game Culture Studies)を設置した)、そして調査会社がつくったランキングの順位を競う競争(昨年の本ブログ記事でも紹介)もある.しかし、こうした競争だけでは学問の発展は説明できません.競争する一方で、ゲーム教育機関は国境を超えて同じ目標を掲げて足並みをそろえています.2019年は学問としてのゲーム教育機関がその存在意義を発信し、評価を受ける年になると考えています.この後編の記事では.今年2019年に開催されるイベントから新たな取り組みを展望します. GDC19(3月)教育分野プレビュー3月のGDC19では、ゲーム研究を立ち上げた研究者が新たな機軸を打ち出している.GDC19初日の最初のセッション「ゲーム教育プログラムを複数たちあげた教訓(Lessons from Developing >1 Game Program)」は、アメリカ、カナダ、ヨーロッパのトップスクールでゲーム教育プログラムを立ち上げた3人が話す.(日本がないと思われるかもしれないが、3人とも、東京大学での講演、MIT出版から日本のゲーム通史を出版、日本でのポスドク勤務をするなど異なる来日経験がある.)彼らは通常、自分が勤務する大学以外のことは話さないが、この場は国際的な高等教育シーンを知ることができる. 続いて「高等教育におけるゲーム教育課程の採点および評定について(Grading and Assessment in Higher Ed Games Programs)」(IGDA日本による概要日本語訳)では、カナダ連邦のゲーム研究開発のトップ職(Chair)をつとめる教授と、HEVGA(全米ビデオゲーム教育機関連合) の会長をつとめる教授を含むセッションである.ゲーム教育を立ち上げるだけでなく、教育課程を誰がどう評価しているのかが問われることになるだろう. 過去に筆者も、調査会社が大学・大学院ランキングを発表すること(そして、その評価項目に重点的に投資する新興国が出現したこと)に対する問題意識について言及したが、学術成果を競いあい、研究者に号令をかけているトップによる知見が注目される. そしてこの学術界トップらが登壇するもう一つのセッション、「現代においてどのようにゲームを語るべきか(How to Talk About Games, Today)」は、昨年WHOで制度化に向けて動き出したゲーム障害についての学術界の応答も予定されている(HEVGAはすでに声明発表済み).この制度化の動きは東アジアのゲーム依存症研究者が関わっているが、すでに国を超えた国際機関が取り組む問題に発展している.この動きに対する学術界と産業界の初のセッションとなる. もちろんGDCでゲーム教育について語るのは組織の長だけでない.GDCでは現場の大学教員によるセッション「ゲームジャム、クラブ、イベントその他:ゲームを学ぶ学生に対する教育機関側のサポートの全容(Jams, Clubs, Shows and More: An Overview of Institutional Support for Game Students)」も注目される(IGDA日本による概要日本語訳).発表するのは、昨年出版された『ビデオゲームの美学』(松永 伸司 著)でも論文が引用されている現役のゲーム研究者だ.これまでゲームプレイの美学や定義のような理論研究で影響を与えてきた研究者が、ゲームを学ぶ学生をどうやってサポートするのかという教育実践を語ることの意味は大きい.しかも、例にあがっているのは彼が大学に就職した後に登場したゲームジャムやeスポーツのムーブメントを通じた学生支援である. FDG19(8月)での動向2019年をゲーム教育にとって特別な年にしているのは、GDC19のセッションだけではない.3月のゲーム開発者会議GDCに続いて、8月のデジタルゲームの基盤に関する国際会議「FDG」でもこれまでにないゲーム教育のセッションが計画されている.FDGについては過去に本ブログでも参加記事を書いたが、大きな参加者を集めるよりも専門ごとの深い議論を重視してきた会議である.そして今年のFDG19では、ゲームの高度専門家教育について、以下の場が設けられている. (1) Workshop on Tenure & Promotion Practices in Games & Interactive Media (ゲーム専攻・メディア専攻での教員雇用と広報実践)GDCでも存在感を高めつつあるHEVGAが主催するワークショップ.国際学会内のワークショップだが、研究について議論する場ではない.発表募集によれば、ゲーム教育の学部長、学科長、ディレクターらの参加を呼びかけている.いままでに「ゲーム業界から大学教員になろう」というセッションはGDC18で開催されたことがあるが、組織のリーダーが議論する企画はなかった.特色ある組織のリーダーの発表が期待される.(2) FDG Game Educators’ Symposium (GESym) (ゲーム教育者シンポジウム)こちらも、カリキュラム開発や学生のサポートについて議論するというシンポジウム企画で、デジタルゲームの国際学会が単なる研究発表の場というだけでなく、どうすれば次代を担う学生が最大限に学ぶことができるのかを問う場になっていることが実感できる.おわりに本記事では、2019年の国際的なゲーム研究機関の新たな動向をとりあげた.ゲームを学問としてたちあげる段階からさらに進んで、入学から卒業までどうやって学生の学びを促進していくか、教室内の学びだけでなくゲームジャムやeスポーツといった課外活動、地域の産学連携からWHOのような世界への貢献まで、幅の広い議題が用意されています.この世界的な動向の中で、日本のゲーム研究シーンも「世界のゲーム研究シーンの空白地帯」や「留学生の受け皿」にとどまることなく、独自の存在感を示すことが問われるでしょう.そのためには、単なる研究室単位の学びから、教育プログラムのディレクターが組織の長として発信する取り組みや、組織自体の評価を示す取り組みが問われることになりそうです. |